第二十六話 可愛いものが大好きな
「この人達は――」
意識を失っているらしい四人の男もぴくりともせず、暗い路地裏に風が巻く。
「どうしましょうか」
「ふむ。俺がここで見張っているから、リラが憲兵を呼んで――いや、それはまずいか。また……」
言いかけて、アルが言葉を詰まらせた。また、同じような目に遭うかもしれない、と思い至ったのは、リラ自身も同様だった。
「リラ。ロープか何か、持ってるか?」
「ロープですか? いえ、私は……」
「それはそうだよな。いや、待てよ」
アルはおもむろに、先程連れ込まれそうになった家に入って行き、ほどなく、太いロープを一巻き持って戻ってきた。
「やれやれ、この手の輩の考えることはどの国も一緒なんだろうな。決まって大量にロープを持っている。これでこいつらをふんじばって、憲兵の詰め所まで連行してやろう」
アルは手際よく地面に伸びた男達を一つ所にまとめ、器用にロープを結って手枷をつけ始めた。
「ほら、チャキチャキ歩け、破落戸共」
アルが四人の男達を繋げた綱を引っ張り、前を歩く。彼らがすごすごと言うことを聞いて大人しくしているのは、気つけを食らって起こされた直後、アルに鋭い刃を突き付けられて脅かされたからだ。
「これからお前らを憲兵の所まで連行する。この剣の切れ味を知りたければ、連行中に妙な動きをとってみるといい。次の瞬間には、宙に浮いた頭から遠ざかっていく自分の胴体を見せてやる」
手も足も出ずにのされた相手に脅されて、男達は子猫のように小さくなってしまった。その様子は、リラですら少々気の毒に思えてしまうほどだった。
大通りに出て、衆目を集めながら二人と四人はさらに歩いた。何事かと声をかけてきた警邏中の兵士に道を聞くと、彼の案内を受けてそのまま詰め所まで連行することになった。
「まったく、タイミングの悪い男達ですな、こいつらは」
「なぜだ?」
「今、この街には聖騎士団が滞在しているのですよ。『はぐれ』とはいえ聖女の力を持つ人に狼藉を働こうとしたとなれば、大聖堂とも関わりの深い彼らが生半可な対応で済ますはずがありません」
ぎくりとした表情を浮かべたのは、四人の男達だけでなく、リラもだった。
聖騎士団が滞在している。
まさか――
「桃熊聖騎士団の名をご存じですかな? この街に定期的に来訪し、民の為に尽力してくださる方々です。団長をはじめ素晴らしい方々でしてね。滞在期間も長く、気さくで、我々民間の自警団の者にも稽古をつけてくださるのですよ」
「桃熊聖騎士団……じゃあ、ムスケル様が――」
「リラ嬢?」
野太い声が響いた。声の主は、連行されている破落戸達よりも大きな、ベルムに勝るとも劣らない体格の、見るからに戦士の体つきの人物だった。頭は綺麗に禿げあがっている。
「ムスケル様?」
「あらやだ、もぅ、リラ嬢じゃな~い!」
筋骨隆々の見た目の通りの声で、しかし口調は若年の女性のように、ムスケルはリラの名を呼んだ。その表情は歓喜に満ち、口には濃い紅が差されている。
「事情があって金鹿聖騎士団を抜けたって聞いてたけど、こんなところに居たのネ。もしかして、アタシ達桃熊の一員になりたくて来たとか、そういう――あら、何よ、後ろの男どもは。どういう展開なの、コレ?」
ムスケルの勢いに呆気にとられるアルを置いて、リラは事の経緯をかいつまんで旧知の人物に伝えた。ムスケルは警邏担当の兵士に連行を引き継ぐように指示し、自らは満面の笑みを浮かべてその場に留まった。
「詳しく聞きたい話がてんこ盛りだけど、二度手間にならないように、ラエティティア嬢と一緒に聞くとしましょ。誰よりも彼女が聞きたいでしょうし。ところでアナタ達、お昼は? そう、まだなのネ。それなら都合がいいワ。ちょうど、彼女と食べるためのランチを買い出しに来たところだったから。アナタ達の分も買って宿舎に行くとしましょ!」
有無を言わさぬ勢いに押し切られ、リラとアルはムスケルと共に、街の名物だという大量のホットドッグを購入し、そのまま桃熊聖騎士団が駐在しているという宿舎に向かった。
途中、両手に抱える荷物の重さに顔を顰めながら、アルがリラにこっそり尋ねる。
「リラ。ムスケル殿は、その、男性で間違いないんだよな?」
「はい。可愛いものが大好きな男性で、桃色の熊のデザインもご自身でされたと聞いています」
「そ、そうか」
アルは、ムスケルが着るジャケットの背中にでかでかと縫われたキュートな熊を見て顔を引きつらせた。そんな、珍しく狼狽えた様子のアルを見て、リラがクスッと笑う。
「個性的な方ですよね。私も、初めてお会いしたときはびっくりしました。でも、騎士団内の序列は第四位、単純な戦闘能力は当代一と言われていますし、誰とでも分け隔てなく接してくださるので、たくさんの人からとても慕われていますよ」
三人が宿舎につくと、オレンジ色の髪をショートカットにした乙女が、その髪の色よりも明るい表情でリラを見つけるなり、抱きついた。
「リラァッ!」




