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第二十五話 護衛だよ

「あの……」


 どうしよう。

 何と言えばこの場を逃れられるだろうか。

 せめて人の居るところまで戻らなくては。

 男が近付く。

 リラは後ずさる。


「さあ、聖女様。おっしゃってください。浄化には何が必要なのですか?」

「護衛だよ」


 不意に聞こえたのは、アルの声だった。思わず振り返ると、そこには赤い髪の青年が腕を組んで立っている。


「聖女が浄化を施す際には、最中に邪魔をされないように護衛が必要なんだ。そうですよね、聖女様」


 言いながら、アルが鋭くウインクをして見せた。口ぶりを合わせろ、という合図だろう。わざわざ自分に「様」をつけて、しかも名前を伏せたということは、従属関係であるように振舞えということだろうか。


「えっ、ええ。その通りです。助かりました。私としたことが、先走ってしまいましたね」

「……どうした、何を困った顔をしている? そこの建物の中に瘴疽の患者がいるんだろう? 早く入って聖女様に浄化していただいた方がいい」


 緊迫した沈黙が路地裏に漂う。

 リラはじりじりと後ずさって、アルの隣にまで引き下がった。

 近くまで来ると、リラの手に何かが当たり、体が勢いよく引っ張られた。当たったのはアルの手で、彼がリラを引き寄せて後ろまで引っ張ったのだった。それを見た男が眉を顰める。


「……従者が易々と体に触れるもんだな、えぇ、おい」

「おっと、これはうっかりしていた。ここからは、恋人同士という設定に変更しよう」

「ふざけやがって。おい!」


 男が、リラが連れ込まれるはずだった家の扉をダンダンダンと音を立てて叩いた。すると、ギギィ、と渋い音を立てて扉が開き、中から三人の男がのっそりと姿を見せた。どの男も、やはりベルムに次ぐほどの体格だ。


「ドジを踏みやがって。とっとと連れ込んじまえばよかったろうが」

「ケッヘッヘ、あっちの方も下手くそだから仕方がねぇさ」

「ちゃんと女を連れてこいとは言ったが、ガキでしかもオマケつきとはな」

「だが、『はぐれ』の聖女だぜ。たんまりと持ってるに違いねぇ」


 総勢四人になった破落戸ごろつきを前に、リラは自分の体が恐怖で竦むのを感じた。瘴気によって形を成した魔物が放つ殺気とは質の違う、明確な悪意と害意。背筋に冷たいものを感じる。


「リラ」


 アルが小さく、しかし鋭い声を放つ。


「はい」

「右後方の、樽の裏に棒きれがある。それを戦鎚メイスだと思って構えて身を守れ」

「でも――」


 「アルさんはどうするんですか」とリラが言うよりも早く、赤毛の青年は猛然と男達に飛びかかった。一足であっという間に距離を詰め、面食らった先頭の男が顎に強烈な掌底を受けて昏倒した。


「なっ――」


 すぐ後ろにいた荒くれの、驚いた表情の側頭部に、真横からアルの蹴りが見舞われる。男は激しく反対側に吹き飛び、崩れ落ちて白目をむいた。

 着地したアルが、間髪入れずに踏み込み、三人目の標的の胸に前蹴りを放つ。まともに受け止めた男は大きく吹き飛び、空中で回転して顔面から地面に着地した。


「お、お、おい……なな、なんだ、な……」


 恐怖に慄いて言葉を紡げない男に悠然と近付き、アルが素早く拳を水平に振り抜いた。顎に衝撃を受けた男は頭部を強く傾け、声もなくその場に崩れ落ちた。

 電光石火の早業に、リラは手に持っていたはずの棒切れを床に取り落とした。


「大丈夫か?」


 アルは振り向きながら、鋭い目線をリラに送る。黒髪の聖女はこくこくと小刻みに頷き、「はい」と声を絞り出すので精一杯だった


「まったく――」


 呆然としたままのリラに、アルがつかつかと近付く。その表情に、いつものような穏やかな笑みはない。明らかに怒っている。


「何を考えてるんだ。見知らぬ街で見知らぬ男についていくとは、危険に飛び込んでいるのと一緒だぞ」


 決して大声ではないが、これまでに聞いたことのない圧力のある口調に、リラは反射的に体を震わせた。人に叱られるのは、いつ以来だろう。金鹿聖騎士団では、ファルサの執拗で冷淡な皮肉はいつも聞かされていたが、こんな風に言葉をぶつけられることはなかった。


「ご、ごめんなさい……」

「遠目にたまたま姿を見かけて、慌てて後を尾けてこられたから何事もなくて済んだものの――いや、違う。違った。済まない、こんな風に言うつもりでは……」


 アルは目を閉じて首を振り、頭を掻き、それからゆっくりと目を開いた。深い赤の瞳に怒りはなく、穏やかさが光っている。


「すまなかった。怖かっただろう。リラに何もなくてよかった。それこそ最初に伝えるべきことだったのに、感情的になってしまって……すまなかった」

「あっ、あの……ごめんなさい、私、その……ごめんなさい」


 気まずい沈黙が二人の間を流れる。


「アルさん、あの……」


 意を結して、リラは言葉を紡いだ。心配をかけて、危ない目に巻き込んで、さらに気まで遣わせてしまった。情けなさでいっぱいだった。せめてきちんとお礼をいうくらいのことは出来なければ、アルにも、他のみんなにも合わせる顔がない。


「あの、助けていただいて、本当にありがとうございました。ご迷惑をおかけしました」

「いや、迷惑だなんて、そんなことはない。そもそも、こいつらがろくでもなかっただけの話だし」


 アルとリラは互いの困惑した顔を見合って、同じタイミングで苦笑した。

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