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第二十一話 広がる闇

 その視線の意味をリラは察し、驚きに目を見開いた。


「まさか、歌ですか?」

「ああ。瘴疽を浄化する奇跡の『聖歌』。瘴気そのものに作用する可能性だってあるんじゃないか」


 瘴気自体を消滅させるのは、聖女には不可能とされてきた。

 理由は単純で、直接触れることが出来ないからだ。

 いかに聖女といえど、瘴気に手を当てると体内に取り込んでしまい、瘴疽を患う。傷などが無くても入り込んでくるのは、爪や皮膚の毛穴などからでも蝕めるからだろうと言われている。


「で、でも、こんな場所で、何を歌えば――」

「任せて」


 トリステスがにやりと笑い、腰から横笛を取り出した。


「実は、置いてくるのを忘れただけなんだけど。出来る曲は限られるわね」

「なーに言ってるのよ、トリステス。貴女の笛があって、リラちゃんがいて、なんならあたしだっているんだもの。例えば、そうね……『朝露』なら、ばっちりハマるんじゃない? あれは元々、無伴奏で合唱することを想定している曲だし。ほら、あんたも歌うのよ」

「へいへい。まったく、旦那使いの荒いこったぜ」

「エコーもかかるし、合唱するにはちょうどいいな。俺が高い方で入ろう」


 横笛の、高い音色が優しく穴ぐらに響き渡る。


――

朝露のきらめき 草花にそっと満ちて

新しい日の光が 世界を照らす


さわやかな風が 心を包み込み

目覚める喜びを 胸に湧き上がらせる


朝の静けさに 感謝を込めて

自然の響きが 心を奏でる


朝露よ 清らかに輝け 私たちの歩みを照らして

調和の旋律 歌いましょう この地に響かせて


花々の色彩が 朝日に染まって

新たな希望が 大地に芽吹く


人々の思いが ひとつになり

愛と平和の輝きが 未来を切り開く


朝の光に包まれ 力強く羽ばたく

希望と調和が 未来を照らす


朝露のように 清らかに

世界中に 愛を広げて

――


 一曲終わりまで歌い上げられ、集中するために目を閉じていたリラの肩が、トントンと誰かに叩かれた。

 目を開くと、モディが明るい笑顔で何かを指さしている。

 その先にあったのは、ただの土壁だった。さっきまであったはずの闇の靄が、かけらもない、自然そのものの土の壁。瘴気は、跡形もなく消えていた。

 自分の歌声が、こんな奇跡を引き起こしたというのか。人の瘴疽を浄化してこられたのは、どうにか納得できた。だが、瘴気そのものを打ち消せるとなると、自分の理解の範疇を超えている。

 喜びの中に幾ばくかの恐怖を覚えながら、リラは讃えてくれる仲間達に感謝を伝えた。


 漁村に帰る道中、ベルムは陽気に鼻歌を歌い、モディもまんざらでもない表情でそれに加わった。トリステスは周囲を警戒しながら歩いてはいたが、表情は穏やかだ。

 そんな中、リラの表情は曇っていた。

 ウェルサス・ポプリ音楽団と出会い、明らかになった自分の『聖歌』の力。苦しむ人々を癒すために浄化の力を行使するのは、自分でも望んでいたことだ。歌声によって瘴疽を癒すことが出来るというのは前代未聞の驚くべきことだったが、手段が違うだけで目的は果たせるのだから、受け入れるのは難しくなかった。

 しかし、瘴気そのものを打ち消してしまえるというのが、果たして喜ばしいことなのか、分からなかった。大聖堂で過ごしていたときでも聞いたことのない、関連の書物のどれにも書かれていない、そんな異常な事態を、どう受け止めればいいのか。世のため、人のためになる力であることは間違いないだろうが、得体が知れなさ過ぎて、喜びや期待より、不安や恐怖の方が強い。


「リラちゃん、うかない顔だけど、大丈夫?」

「ごめんなさい。ちょっと、疲れてしまいました」

「だっはっは! 首が五本もある怪物を相手にしたんだ、無理もねぇ!」

「村に戻ったらすぐに休むといいわ。装備の手入れは私達に任せていいから」


 仲間達の厚意に笑顔を返しながら、リラは歩いた。

 村に到着すると、英雄達の帰りを待ってましたと宴の準備が仕上げられていて、一行は簡単に汗を流して身なりを整え、村で唯一の宴会場に招かれた。

 災いの源を遠ざけたことを祝って宴席はいよいよ賑やかしくなり、ベルムが自慢し、モディが陽気に歌い出し、トリステスまでもが歌声を披露し出した。

 月がもっとも高い位置に昇ったころ、リラは「そろそろおやすみさせていただきますね」と周りに伝えて席を離れた。


「……」


 宿舎に戻る途中で、リラは足を止めた。

 夜の海に、波がうねる。月と星の明かりの下で動き続ける闇は、どこか恐ろしく思えた。すべての命の源は海である、という話を聞いたこともあるが、とてもそうは思えない。むしろ、瘴気の闇を思い出させ、命を飲み込んでしまいそうな黒だ。


「リラ」


 突然の声に一瞬びくんとして振り返ると、アルが立っていた。


「もう宴会あっちはいいんですか?」

「ああ、もう満腹ではちきれそうだよ。勧められるがまま食べていたら、加減を間違った。ベルムとモディは元々底無しだし、トリステスは途中から笛吹に逃げたからまだ大丈夫なんだろうが」


 笑いながら、アルはリラの横に立った。

 さざなみの音が、二人の足元に寄せては返す。

 何か話した方がいいんだろうかとリラは言葉を探した。

 そうだ、ベルムが口にしていた「剣術指南」という言葉について聞いてみようか――


「不思議だな」

「えっ?」

「以前、命の源は海だ、と聞いたことがある。だが、こうして夜の海辺に立っていると、とてもそうは思えない。夕方魔物と戦い、瘴気を目の当たりにしたばかりのせいか、どこまでも広がる闇に飲み込まれてしまいそうな気がしてくる」


 同じことを考えていたと驚きながらリラが口を半開きにしてアルを見上げていると、赤毛の青年はそれに気付いてはにかんだ。

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