第二十話 これじゃどっちが
「アルの作戦の確認よ。頭が多い魔物は、出来れば一気呵成に仕留めたい。もう少しすればアルとベルムのどっちかが致命打でダウンさせるとは思うけど、とどめを刺すためには頭を狙うしかない。こっちは五人で、向こうの頭も同じ数。リラちゃんにも頭ひとつ、任されてもらうわよ」
演奏しているときには見せないモディの鋭い視線に、リラは無言で頷いて応える。
アルは、同時に迫る二本の首を力強く、そして華麗に捌き、断続的に斬撃を見舞っていた。恐ろしい魔物のおぞましい攻撃が繰り出されているのに、赤い髪の勇者はどこか余裕があるように見えるほど流麗に立ち回っている。
反対側のベルムは、大剣の腹で多頭蛇の攻撃を抑え、何度かに一回、刃を返している。どちらかというと、苦戦しているのはベルムの方に見えた。顔にも余裕がない。二本目の頭が加勢すると、たまらず距離を取る場面もあった。
「ハッ!」
青い髪の女戦士が力強く大地を踏み込み、急に接近した。蛇の残り一本の頭は、口を大きく膨らませ、正面に毒液をぶちまけた。噴射された汚らしい液体は左右に広がり、逃げ場がない。
「ト――」
次の瞬間、高く跳躍したトリステスは毒液を悠々と飛び越え、空中で反転しながらキラッ、キラッと手元を光らせた。
翻りながら投げつけた短剣が首元に二本命中している、とリラが気付いたのは、トリステスの着地が終わったあとだった。
けたたましい、悲鳴にも似た鳴き声を響かせる多頭蛇が、さらに体をよじらせた。
アルかベルムのどちらかが、痛烈な一撃を見舞ったのだ。
「リラちゃん、右お願いっ!」
「はっ、はい!!」
弾かれるように駆け出し、リラはトリステスが拳を振るおうと構える真ん中の頭の、すぐ右に位置する頭に向かう。
戦鎚の柄を長く持ち、振り上げる。
ググッと歯を食いしばり、渾身の力を込めて振り下ろす。
ドチャッ、ともグチャッ、ともとれる不快な音が、手応えと共に振動となってリラに手に伝わる。
「リラ、下がってっ!!」
トリステスの大きな声に体をびくつかせ、リラは数拍置いて慌てて後ろに引いた。
頭部の大部分をつぶされたはずの多頭蛇の首が、グネグネと唸るように左右に揺れる。おぞましいことに、その傷口から毒液と思しき濁った黄色の液体が噴き出た。
聖騎士団と多頭蛇の戦いの記録は読んだことがあるなのに、ここまで予期できていなかった。リラは背筋に冷たいものを感じながら、さらに数歩後ずさった。
「トッ、トリステスさん、ありがとうございました!」
「まだ油断しないで、一旦下がって! まだとどめは刺せてないわ!」
下がりながら、視野の端を見る。首の生え際の部分に、ベルムが大剣を打ち下ろしている。一方、アルは胴体部分に足をかけ、二度、三度と蹴っていた。
「……ここだな」
剣を逆手に構え、切っ先を下に向けて勢いよく下ろす。瞬間、多頭蛇の全身が硬直したかと思うと、ぐったりと脱力してピクリともしなくなった。
「全ての首を刎ねていくつもりだったのか、ベルム。それでは毒液が周囲に散らばってしまうだろう」
「へいへい、オレが考え無しだったよ。ったく、これじゃどっちが剣術指南役か分かりゃしねぇ」
剣術指南役……?
ベルムが口にした言葉は、リラの中には無い単語だった。そんなリラの驚きは露知らず、アルが周囲を見渡して口を開いた。
「みんな、無事か」
「もちろんだぜ」
「アタシも平気」
「この通りよ」
「だ、大丈夫です」
全員の無傷を見て取って、アルは小さく「よし」と言って頷いた。それでも、剣は手に構えたままだ。
「あれが一頭だけという保証もない。慎重に、洞窟の中に入ってみよう」
アルとトリステスが前を、リラとモディがその後ろを、ベルムが最後尾を、という隊列で一行は歩みを進めた。
即席のたいまつを用意して、洞窟の暗がりを照らす。
外からはうかがい知れなかったが、中は広い空間が連続していた。
「どうだ、トリステス」
「生き物がいるような気配はないわ。音がない。肌にまとわりつくような嫌な感じはあるけれど、これは……」
二人が振り向き、リラを見た。
「瘴気そのものだと思います。しかも、とても濃い。霊銀薬を撒くか、埋めるかした方がいいと思います」
埋める、というのは、昔から各地で行われてきた瘴気への対応策の一つだ。
瘴気は目に見える闇のようなもので、感覚の鋭いものであれば聖女でなくても肌で感知することもできる。そして、瘴気の発生源が洞窟や木のうろなど、閉ざされた場所である場合は、そこに土や砂を押し詰めて空間自体をつぶしてしまうのである。土は穢れ、同じ場所に瘴気は再発するのだが、当面の安全は確保される。
「……こっちです」
聖女は後天的に、瘴気を感知する能力を鍛える。リラはこれまでのように、肌に取りつくような不快な波を辿り、一行の前を歩いた。
入り口からほど近い、何個目かの部屋で、闇だまりは忽然とその存在を見せた。
「なるほど、まさに瘴気の源、魔物の発生源といったところだな。だが、この部屋全てを土砂で埋めるとなると……いや、待て。まさかとは思うが」
アルがリラをじっと見つめる。




