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第十九話 ご機嫌斜め

「序列第一位の団長が率いる聖騎士団が、総がかりで立ち向かって犠牲まで出た魔物が相手、という可能性が高いわけだな。そいつを想定していこう」


 アルが作戦を組み立て始めた。だいぶ見慣れてきたが、初めは不思議に思ったものだ。戦闘に関する指示や作戦は、団長であるベルムではなくアルが出す。それでうまくいくのなら問題はないのだろうとリラは考え、何も口には出していない。


「モディはリラのガードを」

「オッケー」

「トリステスは投擲で、まずは目をつぶしにかかってくれ。十個もあって大変だとは思うが」

「了解」

「俺とベルムも、まずは弓による射撃から入ろう」

「た~、弓かぁ。あんまり得意じゃねぇんだよなぁ」

「あっ、あの!」


 小さな聖女に視線が集まる。


「私も、多少なら弓の心得があります。聖騎士団の皆さんの訓練に、参加していましたから」

「……分かった。弓も矢も、予備を含めて数はある。自分の身を守ることを最優先するという前提で、参戦してくれ」


 リラは緊張した面持ちで深く頷いて応えた。


 馬車は宿に留め、各自が戦闘に必要な物だけを持った。

 村の長は馬の提供を申し出てくれたが、先にベルムとトリステスが借りた二頭の馬が明らかに怯えてしまっていたので、瘴気の影響を考慮して辞退することとなった。

 漁村から洞窟までは、背の低い草が茂る道を歩いて二時間ほどの位置にあった。

 道中は不気味なほどに静かで、海鳥の声も聞こえなかった。漁村では四六時中聞こえる波の音すら鳴りを潜めている。


「もうそろそろよ。前に見える丘を降りると、入り口が見える」

「既に嫌な感じだな。これでは、馬がビクつくのも無理はない」

「私とベルム団長が午前に訪れたときは、もう少し穏やかな気配だったような気がするけれど……一度人間が足を踏み入れたことで、中の魔物が警戒したのかもしれないわ」


 先を歩くトリステスの表情が緊張感に曇る一方で、ベルムは笑って肩を竦めた。


「いやいや、違うと見たね。おそらく、とんでもなくおっかねぇ女の接近を察知しイデデデデ!」

「なんでアタシを見て言うのよ。浄化の力を恐れて、っていうならリラちゃんでしょ」


 ね、と同意を求められ、リラは苦笑した。

 これから恐ろしく強力な多頭蛇ヒドラを相手に命がけの戦いをしようというのに、一行はどこか楽観的だ。聖騎士団がこんな調子で談笑していたら、鬼の顔をした団長サマにお叱りの言葉をもらうだろう。


「魔物が聖女の存在を感知する、という説は確かにありますけどね」

「興味深いな」

「必ずというわけではないのですが、聖女が生まれる前に魔物の襲撃に遭った、という事例がいくつも確認されているんです。それで、実は魔物が聖女の誕生を感知して阻止しに来ているのではないか、という説が生まれて」


 なるほど、と相槌を打ちながら、アルが続ける。


「リラのときは、どうだったんだろうな」

「どうなんでしょうか。ほとんどの聖女同様、私も自分がどこで生まれたのかも知りませんし、親がどんな――」

「シッ!」


 先行していたトリステスが素早く身を屈めた。

 後ろをついていっていた一行も、一拍遅れて姿勢を低くする。

 周囲には物陰は無く、何かが動く気配もないようにリラには思えた。だが、張り詰めた緊張感が喉の奥に張り付く。


「……洞窟の方から、何かが近付いてくるわ」


 言いながら、トリステスが両手に短剣を構えた。

 その後ろで、アルとベルムが柄の長い弓を構える。それを見て、リラもよく手入れのされた短弓を用意した。モディは細剣と盾を構え、スッとリラの前に陣取った。


 丘の最も高い位置の稜線に、ニョキ、と細いものが伸びあがる。

 それは蛇の頭だった。

 頭はさらに二つ目、三つ目と増え、最後には五本の首が人の背の高さよりも高く伸びた。


「リラの話で当たりだな。みんな、構えろ!」


 ギリィ、と弦が引き絞られる音が連続する。

 五つの頭はフシュウ、フシュウと音が聞こえるほどに大きく呼吸を繰り返す。


「やっこさん、随分ご機嫌斜めみたいだぜ」

「人間が縄張りに入ったことを感知していたのね。同じニオイがしたから迎え撃ってきた、というところかしら」


 ズリィ、ズリィと這い寄ってきた胴体は、五本の首を束ねたような太さだ。ちょっとした小屋ならすっぽりと包み隠せそうなほどの全長がある。

 じりじりと近寄ってくるヒドラを正面に迎えながら、誰もが攻撃の合図を待っている。

 ズリィ。

 ズリィ。

 ズリィ。

 グッ――


「射てっ!」


 アルの号令で、三本の矢と二本の短剣が放たれた。


「散れっ!!」


 アルが右側、ベルムが左側、モディとリラは後方へと素早く動く。

 その場に留まったトリステスは、二度目、三度目と短剣を次々投げかける。

 その命中率の高さたるや、全部で十ある多頭蛇ヒドラの目は、既に半分がつぶれて流血していた。

 三方に分かれた人間達に、魔物はどれから餌にすべきか決めあぐねている様子だった。


「リラちゃん」

「はい」

戦鎚メイスに持ち替えといて」

「わ、わかりました!」


 リラは短い弓を地面に放り、腰に帯びていたメイスを両手で構えた。もう少し射かけた方が良いだろうかと迷っていたが、モディの指示に従う。

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