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第十七話 為すべきことはない

 ファルサの頭に浮かんだのは、海の魔物だった。海には、足が何本もあるような奇怪な生き物があるという。そして、それらを模したような魔物が発生することも多いと聞く。そのような醜悪な存在が、瘴気を海に振りまいているに違いない。そして、それに冒されたものを口にして取り込んだことで人も病んでいるのだろう。暮らし向きが貧しい者達は、そうでもしなければ飢えて死ぬのだろう。

 だが、そうやって思考を巡らせて原因を推測できても、治癒の理由は見当がつかない。

 ファルサは領主の館の応接間、壁に飾られた絵画を見て口を開いた。


「この街には、そこそこの資産家が多いんだったっけ? アクア・ヴィテとの商売で、せこせこ財を成した人がかなりの数いるって聞いたし。金勘定なんかに興味はないからよくは知らないけど、その内の誰かが物好きで、そいつが霊銀薬を配って回ったとかいうことはないの?」

「あり得ますな。数人、そういった好事家に心当たりがないこともないので」


 領主は顎を撫でながら数度頷いて見せた。

 一方、ファルサの隣にいたインユリアがぽつりと口を開く。


「『はぐれ』の聖女の仕業かもしれませんわね」

「ほう」

「世の中にはおりますので。大聖堂に所属することなく、自由気ままに浄化の力を振るう無責任な輩が」


 その言葉に、領主が再度頷いて応える。


「それもあり得ますな。市井の噂の中に、旅の聖女の姿を見た、という声がありましたので。ただ、我々が確認できていただけでも瘴疽に苦しむ市民の数は大小百を超えていました。それを一人で、しかも短期間で浄化しおおせるというのは、果たして可能なものでしょうか」

「それは……不可能ですわね。銀狼聖騎士団専属の聖女ヴィア様ですら、許容範囲外でしょう」


 沈黙が通り過ぎる。

 三人とも、ここでどれだけ言葉を交わしても、この街から瘴気の災いが取り除かれた理由が明らかになることはない、という考えに行きついていた。

 フン、とファルサが鼻を鳴らした。

 まぁいいや。

 重要なのは結果だし。

 金鹿聖騎士団が港湾都市デンスからの出動要請に応えたこと、そして遠征期間に瘴疽患者がゼロになったというふたつの事実を報告することにしよう。

 もしも到着の後れを指摘されるようなことがあれば、正直にインユリアが準備に手間取ったためだと申し開けばいい。何を用意していたのかは聞いていないが、衣裳以外にも随分と大荷物を騎士達に運ばせていた。


「領主様、例の件は……」


 秘書が領主に耳打ちをした。それを聞いて、領主がファルサに向き直る。


「時にファルサ聖騎士団長殿。ご足労ついでにひとつ、お耳に入れておきたいことが」

「なに?」

「昨今の我が街を悩ませていた瘴気の害ですが、どうも、南の沿岸全体に広がりを見せていたようです。もしも時間が許すならば、ぐるりと西を巡っていくつかの集落を回っていただけると、民がたいへん助かるのですが。もしかすれば、海を穢していた何者かがどこかに――」

「却下」


 にべもなく金髪の騎士団長は言い放った。

 まったく、少し前まで在籍していた出来損ないの聖女も同じようなことを言って苛つかせてきたことがあった。アレも黙らせたように、きっちり分からせてやらねばならない。


「ウチら聖騎士団は、あくまでも街の領主の要請に応じるのが務めなの。周辺の村々で瘴疽に悩む者がいるなら、それを把握し、迎え入れ、それから聖騎士団を要請するというのが各地方の領主の仕事でしょ。あるいは、魔物が巣食っている場所を確定させて、その討伐を依頼すること。そういう手前の不手際を怠ってる始末を、ウチらに押し付けようなんていうのは、笑止千万ってものよ。街には浄化対象者がいない。魔物の所在は明らかでない。なら、ウチらがやることもない。来てすぐだけど、失礼しまーす!」


 勢いよく立ち上がり、執務室を出て行ったファルサに、インソニアも表情を変えないままついていった。

 叩きつけるように閉じられた扉を見つめて、領主がため息をつく。


「噂通りの御仁ですな」

「まったくだ。騎士団も大聖堂も人材不足だとは聞くが、よくもあれで一団の長を任されたものだと思うよ。あれこれと噂が聞こえてくる人物だし、つい最近、専属の聖女が交代したとも聞いたが、どのような事情があったのか邪推してしまうな」


 領主がパイプをくゆらせると、秘書はゆっくり頷いた。

 ぷかぁ、と息を吐き、領主が視線を窓の外へ移す。


「あの剣幕では、デンス自慢の海の幸も味わわずに去るのだろうな。瘴気被害が収まると同時に大漁続きになったというのに、惜しいことだ」

「例の噂については、お伝えしなくてよかったのですか」

「言ったところで、あの石頭ぶりでは信じまいよ。よもや、旅の音楽団の演奏を聞いた者から先に瘴疽が癒えていったなどとはな」


 それに、と領主は続けた。


「正直、私自身、真偽を疑っているところが大きいからな。聖女の浄化とは別に、瘴疽を癒すような力があるなどとは……もしもそんな力が実在するのなら、大聖堂で浄化の痛みに耐え続けている聖女達の大きな救いになるだろうが」


 いくつかの過去を思い出しながら、皺の増えた目元を細くして領主は呟いた。

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