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第百五十八話 優しい歌声

「でも――」

「近い内に、貴女はアルと婚姻を結ぶ。ということは、私とも、父王とも、そして今は亡き王妃とも家族の関係になるということ。義理とは言え貴女も王妃の娘になるわけだから、その首飾りを受け継ぐのはおかしいことではないでしょう? 貴女にとっては、義理の母の形見となるわけだから」


 家族。

 アイテールの言葉を聞いて、リラは今更ながら驚きを感じた。

 アルと結ばれるということは、確かに、彼の姉が義姉となり、彼の父が義父となるということなのだ。

 生まれてすぐに親元から離れ、大聖堂で育てられた自分にとっては、初めての家族ということになる。

 首飾りにはめられた深紅の宝玉を見つめながら、リラは言葉を紡いだ。


「王妃様って、どんな方だったんですか?」

「私も物心がつくかつかないかくらいの頃だったから、もうおぼろげになってしまった部分も多いけれど――」


 アイテールは、リラが向かう机から離れた場所の、一人掛けのソファに腰かけた。


「はっきりと覚えているのは、お母様の瞳の色。銀色の縁に、夜空のような黒。優しく、強く、穏やかで、勇ましい。人の美徳と言われ得るものを凝縮させて、そのまま宝石にしたような、そんな目をしている人だった」


 リラの頭に、アルの顔が浮かんだ。

 今、姉姫が言った言葉はどれも、彼にもあてはまるように思えた。


「それに、貴女と母には共通点があるのよ」


 えっ、と声が漏れる。


「私がずっと幼かった頃、子守歌を聞かせてもらった記憶があるの。そして、うっすら覚えている優しい歌声は、リュートの旋律と共にあった」

「それじゃあ、王妃様はリュートを――」

「弾けたみたい。もっとも、どれほどの腕前だったかは、今となっては分からないけれど。アルがリュートに触れるようになったのも、もしかしたら、誰かにそれを聞いたからだったのかもしれないわね」


 手の内に収まっている大きな紅玉を見つめる。亡き王妃が、リュートの音色を通して、自分とアルを引き合わせてくれたのだろうか。


「母は、アルを産んですぐに亡くなってしまったけれど、生きていれば貴女と一緒にデュエットするようなこともあったかもしれないわね」


 アイテールは首を振り、あらためてリラを見つめた。


「あの子は――アルは手間がかかることも多い不肖の弟だけど、仲良くしてあげてね。これは王女としてではなく、一人の姉としてのお願い」


 彼女の瞳の光は、優しく、穏やかで、切なげだった。


「――はい」


 頷いたリラに、アイテールは何事か閃いたらしく、表情を明るくして言葉を紡いだ。


「そうだわ。今日から、私のことはお姉様と呼びなさい。その方が家族らしいし、気兼ねなく話せていいと思うわ」


 リラは思わず笑ってしまった。モディ、トリステス、そしてアイテール。たった一年の間に姉が三人も出来てしまった。

 首を傾げた姉姫にそれを伝えると、アイテールはそういえばと口を開いた。


「モディといえば、リラの歌を空耳したと言ったことがあったわ」

「いつですか?」

「それが面白いことに、後で確認してみたら、貴女達が例のファルサと一騒動を起こした直後、街のみんなで合唱したというタイミングと一致していたのよ。不思議な符合よね」


 微笑む姉姫を見ながら、リラの胸中には、随分長い間モディに会えていないことの気付きと、彼女に会いたいという寂しさが去来していた。思えば、ウェルサス・ポプリ音楽団としてみんなで最後に演奏したのはいつだったろう。随分と前のことのように思える。

 翌日、リラはその日の修養を大急ぎでこなして、よく晴れた昼下がり、ベルムとモディの住まいへと足を向けた。


「リラちゃん」

「こんにちは、モディさん。突然お伺いしてすみません」

「リラちゃんだったらいつでも歓迎よ。さ、入って入って」


 中に通されて、リラはリビングのテーブルセットに腰を下ろした。あらかじめ湯は温まっていたらしく、モディはすぐにお茶を用意してリラの前に置いた。


「すみません、事前の約束もなく急に来てしまって」

「ううん、全然構わないわ。暇で暇で、ずっと持て余してるんだもの。本当は素振りでもしたいところだけど、さすがにお医者に止められてるからね。仕方なく実家に送ってもらった本やら資料やらを読んでるけど、やっぱり性に合わないし」


 それで、とモディが言葉を紡ぐ。


「どうしたの? 何か、困りごと?」

「いえ、そういうわけではないんですけど、ただ、その――モディさんに会いたいなぁ、って」


 モディは少し驚いた後、嬉しそうに笑った。


「そっか、そっか。それはいいことだわ」


 首を傾げるリラに、モディは言葉を次ぐ。


「リラちゃんって根が真面目だから、わがまま言うの苦手でしょ? でもね、自分がしたいことを正直に言ったり、弱音を吐いたり、息抜きしたりするのは絶対に必要なことなんだから。結婚した後なんてなおさらよ」


 多分に説得力のある語調でモディが続ける。


「それまでは優しかったくせに、結婚してから態度が急変したなんてよくある話。釣った魚に餌をやらない、なんて表現まであるくらいだもの。逆に言えば、結婚するまでに我儘放題言っといた方がいいってコトよ、リラちゃん」

「わ、我儘放題って……」

「まして相手は一国の王子なんだから、大体のことは実現させてくれるでしょ。ほら、何かないの? これを機にやってみたいこととか、ずっと夢見てたこととかさ」


 目をらんらんと輝かせるモディに気圧されながら思考を巡らせたリラに、ふと、ひとつの想いが芽生えた。そして、心に浮かんだ言葉を口に出してみる。

 それを聞いたモディは、ふむふむと頷き、最後には大きく同意を示した。


「すごくいいと思う。何より、あたしもそれを望んでるし」

「ありがとうございます。それじゃあ――」

「うん。やってみようよ、一日限りの再結成」

 ※次回の更新は「最終話」および「後日譚」の二つとなります。

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