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第百五十七話 名実ともに

「おっじゃまっしまぁっ――」


 いきなり飛び込んできた明るい声に、リラとアルは慌てて顔を背け、急いで体を離した。

 勢いよく扉を開けたラエティティアだったが、ベッドの上に座っている二人を見るや、カチンと体を凍らせた。そしていかにもバツが悪そうな表情を浮かべ、体を引いた。


「――したぁ……」

「ラッ、ラエ!」


 慌てて立ち上がり、リラが閉まりかかっていた扉を引っ張る。


「ちょちょ、ちょっと、ラエ!」

「ほんと、邪魔してごめん! ごゆっくりどうぞ!」

「ラエってば!」

「あ、そうだ、ボク、用事を思い出した! ちょっと、外に行って買い物してこなくちゃ!」

「着いたばかりで街のことなんて何も知らないでしょ!」


 部屋と廊下の境目で押し問答を続けるふたりの聖女を見て、アルは苦笑しながらシャツをぱたつかせ、火照った体に風を送った。




「それは、ラエティティア嬢が悪いわねぇ」

「う……」


 ムスケルが呆れたように声をこぼした。

 ついさっきのことだ。突然聞こえてきた喧騒で戦士としての心に火が付き、剣を手に駆けつけると、見知った二人の乙女がぎゃあぎゃあと声を上げていた。何事かと聞いても二人の話は共に要領を得なく、ひとまずラエティティアの方を預かって、夜の街の散歩へと誘ったのだった。


「ノックもなしに乙女の部屋に飛び込んだ、だなんて。アルちゃんとリラ嬢の気持ちが盛り上がってることなんて、誰が見ても明らかだったし、そんな二人が何をするかなんて、少し考えたら分かったことでしょ」

「だって、ボクの気持ちも盛り上がっちゃってたんだもん」


 それに、とラエティティアが反論を重ねる。


「まだ二人は婚約したってだけで、正式に結婚したわけじゃないわけじゃん。それなら、夜を一緒に過ごすっていうのは、まだ早いって言うかさぁ……」

「ウブねぇ、ラエティティア嬢。今時、婚前交渉なんて、みんな当たり前にやってるわヨ。まぁ、もっとも、あの宿の簡素なベッドじゃ色々と難しそうではあったけど」

「い、色々と、って……ふ、不潔だよ、ムスケル様」


 顔を真っ赤にするラエティティアを見ながら、ムスケルは苦笑しつつも言葉を紡ぐ。


「聖女が大聖堂の中で箱入り娘として育てられるのも考え物かもねぇ。インユリア嬢がどうしてあんな風になっちゃったのか不思議だったけど、抑圧されすぎた反動だったと思えば納得がいく気がするわ」

「彼女は特別だよ。あんな人、他には一人もいないもん」

「……聖女がみんなこんな感じなんだとしたら、アルちゃんとリア嬢どころか、ウィルちゃんとヴィア嬢のところも苦労しそうねぇ」


 口を尖らせる聖女に、ムスケルはやれやれと息をついた。




 ステラ・ミラの使者達が帰還の途に就いたのは、五日後のことだった。

 谷底に散った者達は荼毘に付され、丁重に集められた個々人の遺骨は馬車の中に並べられた。そして、同じ馬車の中に、二人の罪人も拘束された。

 その見送りが終わると、ようやくリラ、アル、そしてトリステスの三人も都へと帰る運びとなった。だが、彼らを待っていたのは、親交の深い者達だけではなく、新たな忙しさもだった。

 トリステスは暗部の一人として国内の捜査と粛清の任務に就いた。法王プドルをはじめとするステラ・ミラの強硬派貴族が派遣していた密偵の数が、非常に多いことがあらためて明らかになったためである。彼らは、主君を失ったことで帰る場所を失い、ロクス・ソルスで危険な野良犬と化していた。


「経費をすべてステラ・ミラに請求したいくらいだわ」


 合間に顔を合わせたリラに、トリステスは疲れた顔で苦笑した。

 アルは、当然のことながら国内各地の瘴気対応に追われた。テラ・メリタに使者を送り、オーウォ商会の多大な支援を取り付けて霊銀薬を多く仕入れ、各地の騎士団の装備として配送の決済をする。

 前線に向かいたがるアルを引き留め、指揮に集中させたのは父王アンゴールだった。


「人を育てるという視点を持たねばならんぞ、アル。高得点を出す個人も大切だが、及第点を出せる集団の方が有効な場合も多い」


 賢王に諭された王子は、婚約者に慰められながら日々机に向かった。

 リラはといえば、近々王宮に入るということで姉姫アイテールから手ほどきを受ける日々を送っていた。


「どう、でしょうか」


 優しくも厳しい先生は、満足げに頷いた。ロクス・ソルス王家が代々用いているレトリックを用いた文章は、どうやら上手く書けていたようだ。


「良い出来だわ、リラ」

「ありがとうございます。アイテール様のご指導のおかげです」


 王女の顔が不満げなのを見て、リラはハッとして言葉を紡ぎ直す。


「お姉様――のおかげです」

「はい、よくできました」


 未来の義姉が心から満足そうに笑うのを見て、リラは照れた。こんな風に、お姉様という呼称を強要されるようになったのは、例の首飾りを返却しにいったときだった。


「それは、そのまま貴女が持っていて」

「そんな。今は亡き王妃様の形見の品だとお聞きしました。それを私なんかが――」

「いいのよ。私はアルに貸したわけじゃなくて、渡したんだもの。あの子がそれを貴女に贈ったというのは、色々な意味を込めてのことだと思うわよ」

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