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第百五十六話 二つの影

「インユリアはそうではない、と?」

「一応、大聖堂に居た頃からの、瘴疽患者を浄化してきた実績があるのよ。霊銀薬を用いて浄化してたわけだから不正といえば不正ではあるんだけど、人を救ってたっていうことには変わりがないから」


 それに、とムスケルが続ける。


「どんな人格だったとしても、聖女であるということはそれだけで何にも代えがたいことなのよ。浄化の力についてすべてが明らかになってるワケじゃないけど、それでも頼らざるを得ないっていうのが、アタシ達ステラ・ミラの現状なのよね」


 それを聞いたアルは、ふむ、と言って腕を組んで天井を見上げた。


「それを言えば、テラ・メリタという国が霊銀に頼らざるを得ないというのもまた事実だろうな。旅の中で知ったことだが、彼らは霊銀から薬を造る手段を知ってはいても、その性質のすべてを掌握しているというわけではないようだったし」


 トリステスが頷く。


「リラの歌声が瘴気を晴らし、瘴疽を浄化することは出来ても、依然として苦しんでいる人達はまだ各地にいるでしょうしね。聖女による浄化でも、霊銀による薬品でもない、別の方法があれば別かもしれないけれど……」

「……今現在知られていないからと言って、存在しないというわけではないような――」


 リラの呟きに、全員が視線を向けた。

 ハッとして顔を上げて、聖女が言葉を続ける。


「私の歌の力って、きっと、ずっと私とともに在ったと思うんです。ただ気付く人が居なかったというだけで。アルさんが気付いてくれたから判明しましたけど、それと同じように、まだ世界中の誰も気付いていないやり方で、瘴気を払ったり、瘴疽を癒したりする方法があるんじゃないかな――って」


 ラエティティアがうんうんと繰り返し頷いてみせる。


「ない、とは言い切れないよね。だって、リラが王子様と結ばれることだって、誰も予想してなかったんだからさ」

「そ、そういうことじゃなくて――」


 まごつくリラの横で、アルが口を開く。


「その方法を探る研究機関を、ロクス・ソルスで結成してみてもいいかもしれないな。それぞれの国と共同で、客員の研究員を招いて。きっと、ナトゥラは協力してくれるだろう」

「同じテラ・メリタなら、ネニアさんも力を貸してくれると思います。魔物狩りの皆さんも」

「それを言ったら、大聖堂だって協力できるはずだよ。欲深な法王は、もういなくなったんだからさ」


 確信を得た笑みを浮かべて、アルが頷く。


「ムスケル殿。来てもらったついでになって申し訳ないが、帰還の際に手紙を預かってもらいたい。今の話を急ぎまとめて、レックス国王に意見を求める書をしたためる」

「任せてちょうだい」

「トリステス」

「はい。両国に手紙を出すとなると、陛下の決済が必要ですからね。準備が出来次第、私が都に向かい、飛んで帰ってきます」


 ステラ・ミラの使者達が少しの間逗留することに決まると、ラエティティアは大きな声で喜んだ。アルが部下達に客用の部屋を用意するよう伝えると、太陽色の聖女は、自分の部屋ではなくリラの部屋の場所を先に尋ねた。


「ふたりっきりじゃないと聞けないことがいっぱいあるもん。今夜は寝かせないよ~」


 ニヤニヤと笑うラエティティアに苦笑しながら、リラは自分にあてがわれた部屋へと親友を案内した。

 夜になると、早速、リラの扉を敲く音がした。

 随分早いなぁ、と思いながら扉を開けると、そこに立っていたのはラエティティアではなかった。


「アルさん」

「少し、いいか?」


 断る理由もなく、リラは部屋の中へと恋人を招いた。もっとも、部屋と言っても質素なベッドと荷物置きの棚があるだけで、他には何もない。二人は並んでベッドに腰かけた。


「あれからずっと考えていたんだが――」


 そう言って、アルはリラを見つめた。


「実際に研究機関をつくる運びになったら、その責任者に、君を推薦しようと思う」

「わ、私が、ですか。でも、私は――」

「王位継承権第二位の王子の婚約者だ。肩書で言えば充分だろう」


 そういえばそうだった、とリラは口をつぐむ。


「そもそもの発案者は、他ならぬ君だ。それに、歌声に神秘の力を宿す君が提案するからこそ、その取り組みの価値と可能性に説得力が生まれると思う」


 赤い視線が、まっすぐ聖女を見据える。


「重荷を背負わせたくないと言っておきながら、勝手な話だと思うかもしれないが――」

「いいえ。お役に立てるなら、私、嬉しいです」


 それに、とリラは続ける。


「うまくいけば、世界中で瘴疽に苦しむ人達をみんな救えるっていうことですもんね」

「ああ。世界の在り方を変えられるかもしれない。君のおかげで」


 そう言ったアルの手の上に、リラはそっと手を重ねた。


「貴方のおかげです。私が聖騎士団を出て、途方に暮れていたあの日、私の手を引いてくれたのは貴方でした。声の力に気付いてくれたのも、音楽団に誘ってくれたのも、力に怯える私を励ましてくれたのも、悪い人達から救ってくれたのも、素敵な曲を教えてくれたのも」


 不意に気持ちが高ぶって、目に涙が溜まり始める。


「楽しかったことも、嬉しかったことも、みんな、みんな、アルさんがいてくれたからです。貴方と出会わなければ、私、こんなに幸せな気持ちになれなかった」


 小さな窓から射す月明かりが、優しく二人を包んだ。

 二つの影がゆっくりと重なる。

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