第百五十四話 功労者自ら
「殿下。ステラ・ミラからの使者が来ました」
「ようやくか。俺達が大地の裂け目の調査を切り上げてから、既に二週間だぞ。ベルムや他地域の騎士達は撤収させたから問題がないと言えばないが――数が多いとはいえ、遺体の引き取りのために、随分とまぁ、準備が必要だったことだ」
トリステスの報を受けて、アルは街の入り口へと向かう。
「気温の高いテラ・メリタなら、骸がとっくに腐っていたところだ」
言いながら、アルはきょろきょろ周囲を見渡す。
「リラはどうした? 一緒に行動させていたはずだが」
「行けば分かります」
クスリと笑うトリステスに首を傾げ、アルは足早に門を目指した。そして、到着するや、太陽色の髪が目に入って、彼女の言葉の意味を理解した。なるほど、こういうことなら仕方ない。
「久しぶりだな、ラエティティア」
「どもども、アルさん。あ、いや、えっと、アルドール王子殿下、でしたっけ」
ラエティティアが頭を掻く。
「呼びやすいように呼んでくれ。それに正式な敬称を使おうと心掛けると、今後、面倒になると思うぞ。リラのことも気安く呼べなくなってしまうからな」
「ん? どゆこと? え――ちょっと、リラ!? まさか――」
親友に両肩を掴まれて揺さぶられ、リラの頭ががくがくと前後する。
「ちょ、ちょっと、ラエってば――」
「ハイハイ、そこまでよ、ラエティティア嬢。アタシらは、あくまでも正式な使者としてここに来たんだからネ」
ピンク色の熊の刺繍が施されたマントが翻る。
「久しいな、ムスケル殿。息災なようで何よりだ」
「お互い様よ。それにしても、んもう、まさか王子様だったなんてね。いろいろと聞きたいところだけど、個人的なことはあとにして、まずはアタシ達の国のごたごたを説明しなくちゃね。遅くなった理由も、きちんとあるんだから」
それでは、とアルは使者団――桃熊聖騎士団を招き、滞在のために用意された館へと案内した。その広間に、アル、リラ、トリステス、そしてムスケルとラエティティアが腰を下ろした。
「まずはこれを渡しておくわ」
書簡には、十字をあしらった銀色の封蝋が押されていた。
「この印は、ステラ・ミラの王家のものだな」
「ええ。レックス王直々にしたためたお手紙よ。今回のすったもんだについてのお詫びですって」
アルはそれを読まずにトリステスに手渡した。あくまでも、王からの手紙は王が初めに読むべきということなのだろう、とリラは推察した。
「それじゃあらためて話すけど、どこから話したものかしらね」
「リラ達は、ラティオからある程度は聞いたんだよね」
親友の言葉に、リラは大きく頷く。次いで、アルが口を開いた。
「ラティオ殿からも聞いたが、あのインユリアという聖女も洗いざらい話してくれたよ。法王の放埓な働き、ファルサおよびストゥルティ家の悪行、インユリアが深く関わっていた霊銀の密輸、そしてステラ・ミラ宮中の腐敗、一通りな。まさか、姉上の身を求めて企みが始まっていたとは、怒りを通り越して呆れたが」
「それじゃ、実際にアタシ達の方で何が起きたかを説明するだけでよさそうね。アタシが話す? それとも、最大の功労者自ら教えてあげる?」
ムスケルが視線を向けると、ラエティティアは腕を組んで、鼻高々に胸を張った。
「そりゃもちろん、ボクがしゃべるよ!」
得意満面に、聖女は語り始めた。
「プドル達の悪だくみの証拠を探して、ボクは法王の執務室に、銀狼騎士団のウィルトゥス団長はストゥルティ卿の執務室に忍び込んだんだ。探してた血判状は大聖堂にあって、ボクはそれを持って急いで桃熊聖騎士団の館に戻った。でも、ウィルトゥス様は、そこに血判状がないことを知らずに探し続けて、結局、捕縛されちゃったんだ」
「ウィルトゥス様って、たしかヴィア姉様と――」
「うん、婚約状態だったよ。それで、ボクは血判状を持って、まっすぐ王宮に向かったんだ。切羽詰まった状況だったから、もう、とにかく一番偉い人を動かすしかないと思ってね」
トリステスはわずかに顔を顰めたが、リラは驚きもせずに聞いていた。まともに考えれば王様に直談判するというのは直情怪行のように思えるが、ラエならそうするだろうと思った。自分もずっと王子様の隣にいさせてもらっているから、感覚がおかしくなっているのかもしれない。
「それで、どうなったの?」
「もちろん完全に不審者扱いされたけど、ヴィア姉が同行してくれてたから、どうにか王様に会わせてもらえたんだ。それで血判状を見せたら、あとはもう、面白いくらい勢いよく物事が進んでいったよ」
フンスと鼻息を荒くして、ラエティティアが続ける。
「まずは、宮殿の敷地内に居た悪い貴族はみんなひっ捕らえられて牢獄に直行したでしょ。次に、宮殿内にはいなかったけど街中にいた人達もあっさり捕まったでしょ。最高だったのはプドルだよ」
思い出し笑いを必死にこらえながら、聖女が肩を揺らして言葉を紡ぐ。
「あの悪党、証拠という証拠が揃ってるっていうのに、知らぬ存ぜぬの一点張り。後頭部に受けた強い衝撃で記憶を失ったとまで言い始めてさ――まぁ、その衝撃を与えたのはボクなんだけど――それで、騎士達がどうしようかと困ってたら、大聖堂中の聖女達が集まってきて、次々にプドルの悪行を暴露していったんだ。どうやら、あの卑怯者、インユリアさんのことで味を占めて以降、何かと理由をつけて聖女達の体に触りまくってたみたいなんだよね」