第百五十二話 無礼者
「な、何? なんの騒ぎよ」
「そういえば、街の中が騒がしいですわね。まるで、祭でもやっているような――」
チッ、とファルサは舌打ちを響かせた。
「ステラ・ミラ聖王国の聖騎士団が壊滅の憂き目を見たっていうのに、祭ですって? 不謹慎にも程があるでしょうが! 責任者を見つけて、公衆の面前で謝罪させてやるわ!」
体に怒りの力を蘇らせて、ファルサは勢いよく長城の門に近づき、開けさせ、大通りをズカズカと歩いていく。
「どきなさい。どきなさいよ! ウチが誰だか分かってんの? ファルサ=ストゥルティよ!」
人々は、その名に免じてではなく、ぼろぼろの格好で白刃を振り回す狂人に恐れをなして、悲鳴交じりに道を開けていった。
ファルサは剣を振り回し、ずんずん歩き、ついに騒ぎの中心であるらしい広場に辿り着いた。
「この騒ぎの責任者は誰っ!?」
ファルサの前に、一人の青年が立ちはだかった。
紅玉のような瞳、燃える火のような髪の、凛々しい青年だった。後ろに誰かをかばっているのか、片方の手は剣に伸びているが、もう一方の手は後ろに向けられている。
「俺だ」
「へぇ……あんたみたいな若いのが、ね。どういうつもりか知らないけど、不謹慎って言葉を知らないの? ステラ・ミラからわざわざ足を運んでくれた聖騎士達が犠牲になったのを、知らないとは言わせないわよ」
ああ、と青年は頷いた。
「無能な指揮官のせいであえなく命を散らした若者達の姿なら、確かに谷底で見た」
ギリッ、とファルサの歯が鳴る。
「知った風な口を利くんじゃないわよ。ウチが誰だか分かってんの!?」
「知ってほしくば名を名乗れ」
「ええ、教えてやるわ。そして恐れおののき、跪きなさい。ウチはファルサ=ストゥルティ。偉大なるステラ・ミラ聖王国の重鎮ストゥルティの家門を継ぐ者にして、金鹿聖騎士団の団長よ。なんなら、今回の連合軍の指揮官を任された傑物。あんたみたいな若造がたやすく話せる相手じゃないのよ!」
「傑物は、自分のことを傑物とは言わねぇよなァブッ!」
「黙ってなさい」
片隅で聞こえてきた会話に、ファルサはさらに苛立ちを募らせる。
「ほら、今度はそっちの番よ。名乗りなさい、無礼者」
青年は、ふー、とひとつ息をついて、キッとファルサを睨みつけた。
「我が名は、アルドール=シレクス=ロクス=ソルス。いと高きロクス・ソルス王国の第一王子にして、国内における瘴気対応の総責任者、そして近衛騎士団を取り仕切る指揮官だ」
ファルサの顔が凍り付いた。
「あ、あ、あ、あんたが――アルドール王子……?」
「そうだ。まさかこんな形で顔を見ることになるとはな、ファルサ=ストゥルティ。貴殿の話はよく聞き知っているぞ。父の威光を笠に着て聖騎士団を設立し、傍若無人に運営を続けていたとな。さらには、密輸によって得た霊銀を用いるという悪しき聖女と手を組み、ついには法王と密約を交わし、このロクス・ソルスの地を欲望で侵すべく設立された連合軍の長。それが貴様だろう、ファルサ=ストゥルティ」
ファルサの体がわなわなと震えだす。驚愕が全身に満ちていた。
「それだけではない。貴様のもっとも大きな罪は、長年にわたってリラの心を傷つけ、踏みにじり続けたことだ」
「リラ……? あの半聖女がなんだって――」
ファルサが誰にともなく言葉を落とすと、ロクス・ソルスの王子はスッと体を横に動かした。その陰から現れた人物の顔を見て、ファルサは元々僅かしかなかった品位すら失って大口を開けた。
「リ、ラ――?」
「……ご無沙汰しています、ファルサ――団長」
リラは頭を下げなかった。視線をまっすぐ前に向けて、強さをもってファルサを見据える。
「な、なんなのよ。どういうこと。なんで――王子の傍で、アンタ、何してんの!? 身の程を知りなさいよ、このできそ――」
「黙れ」
シュアッ、と王子が剣を抜き放った。
「俺の前で彼女を侮辱するのは許さんぞ」
眼前に切っ先を突きつけられて、ファルサはごくりと唾を飲み込み、それから歪な笑みを浮かべた。
「ああ……そういうこと。金鹿聖騎士団を追い出されて、路頭に迷った挙句、他の国の王子様をたぶらかせばいいって結論に至ったわけ。昔から、男にすり寄るのは得意だったもんね。浄化よりも、ず~っと!」
剣が近付くのもお構いなしに、ファルサはしゃべり続けた。
「言っておくけど、王子様、あんた、何も知らないだけよ。その女はね、本来あるはずの銀の爪が半分しかないの。だからみんな、半聖女、半聖女って呼んでたんだもの。それで慈悲深いウチが囲ってあげてたのに、身の程も弁えずにアレコレうるさいし、浄化もろくに出来ないもんだから、ついに出て行ってもらったってワケ。何を理由にそんなのを傍に置いてるのか知らないけど、やめておいたほうがいいわ。これは心からのアドバイス。悪いことは言わないから、遠ざけた方が身の為よ。口先ばっかりで、たいした役にも立たないんだから!」
リラはファルサの言葉が耳に入ってはいたが、注意力は聞くことに注がれていなかった。視界の奥で、憤怒の形相を浮かべたベルムが立ち上がり、その隣のトリステスに至っては、既に短剣を握りしめていたからだ。