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第百四十六話 収穫はあった

「ラティオさん、どうするんですか。ファルサ団長は――」

「この視界で合流するのは無理だ」

「このままじゃ、僕達も――」

「いや。まだ、希望はある」


 首を傾げる同僚達に、ラティオは無理に笑顔をつくって見せた。いつの間にか一番の先輩になっていたらしい自分がしっかりしなければ、この仲間達も諦めて膝をついてしまう。そう思った。


「きっと、ロクス・ソルスの騎士達は何らかの方法でこの谷を攻略しているんだ。来た道を戻るよりも、むしろ、前に進んだ方が生き延びられる可能性があると思う」

「そっか――そうですよね。そうじゃないと、おかしいですもんね」

「でも、方向が――」

「大丈夫だ。太陽の位置から、さっきまで進んでいた方向をなぞることは出来るからな。いいか、みんな。絶対に生き延びるんだ」

「……はい」


 明らかに気勢の弱い三人の後輩を見ると、さっさと退団させられたマエロルが羨ましく思えてくる。

 だが、今はそんなことは言っていられない。


「何があるか分からない。ひとまず、可能な限り盾で瘴気を払いながら進むんだ」


 ラティオの言葉に、聖騎士達は力強く頷く。

 先頭を歩くラティオは、注意深く瘴気の流れを見定め、固まった時点で盾を大きく振り回し、かき消した。数年の経験で得た、即席の瘴気対応術だ。

 そうして、小さな塊となった一団は、どうにか暗い谷底を進んで行く。


「団長は無事でしょうか」


 一番若い聖騎士が呟くように言うと、隣の友が口を開いた。


「あんな奴、どうなってたって構いやしないさ。そもそも、大義なき遠征だったんだ」


 大義なき遠征、という言葉がラティオの耳の奥に重く落ちる。

 コルヌの都を発ってから、何度も耳にし、自分も思い浮かべた言葉だ。

 この遠征が早い段階で失敗が確定していたことに、あの七光り令嬢は気付いているのだろうか。

 元々、聖女を引き連れて駆け付け、瘴疽に喘ぐロクス・ソルスを救って恩を売りつける、というのが今回の遠征の肝だったはずだ。この国が困難に直面していなかったという時点で、全てはご破算だったのだ。まったく恥知らずな作戦だと思っていたから、ほっとしたのが正直なところではあるのだが。

 それに、おそらくロクス・ソルスの一行も、他者の助けなど必要としていない。ここまでの状況が、それを物語っている。まったくの無駄足だ。

 それどころか、危機に瀕したのは自分達連合軍の方で、このままいけば、逆にロクス・ソルスの者達に救ってもらうことになるだろう。

 つまり、自分達の遠征は、わざわざ遠くまでやってきて、ロクス・ソルスに助けられる借りを作ったということになる。まったく、馬鹿馬鹿しいにも程がある。

 だが、とラティオは思う。

 この大失態によって責任を取らされるのは、まず、ファルサだろう。

 彼女が金鹿聖騎士団の団長の座を免ぜられる、あるいは金鹿聖騎士団そのものがなくなるというのなら、それはそれで悪くないかもしれない。

 もっとも、この瘴気に溢れる谷を抜け出て、生きて帰ることが出来ればの話だが。


「こんな状況で魔物に襲われたらひとたまりもないな」

「縁起の悪いこと言うなよ、本当にそうなったらどうするんだ」

「大丈夫さ。ロクス・ソルスの騎士達が倒してくれた骸がなんとか見えてる。何か別の者が見えたとしても、それは幻覚――」


 そう言いながら、ラティオは遠くから何かが聞こえた気がした。幻覚は見えていないまでも、幻聴は聞こえてしまったのだろうか。


「何か聞こえないか」

「聞こえる」

「なんか、これ――歌、か?」


 聞き覚えがある声のような気がした。ラティオが大袈裟に、手を縦にして耳に当てる。


「とにかく、何か聞こえたっていうんなら、王子の一隊に近付いてるってことじゃないか」


 うっすら聞こえてくる声――まるでか細い歌のような響きが流れてくる方へ、ラティオは先陣を切って歩き始めた。




「随分進んだと思うが、予想していたような魔物には出くわさないな」


 アルの言葉に、リラは頷き、額の汗を袖で拭った。

 もう、かれこれ一時間以上は歌っているだろうか。曲と曲の間には多少の休憩が出来ているとはいえ、歩きながら声を出していることもあり、それなりに疲労を感じてきてしまっている。

 騎士達も緊張に包まれて歩いているためか、顔に疲れが出始めていた。


「アル――殿下。リラに余力があるうちに、一度引き返した方がいいと思います。騎士達も、経験したことのない緊張の中を歩いて、知らぬ間に戦力が落ちている可能性もあります」


 トリステスの言葉に、リラはぶんぶんと首を横に振ったが、赤毛の王子はこくこくと小さく繰り返し頷いた。


「確かにそうだな。広がりすぎるのは危険だということで三列横隊をつくったが、その影響で、途中から歩みのペースも変わってしまったしな。今日一日しか調査が出来ないというわけではないし、無理をする必要はないか」


 それに、とアルは続けた。


「ここまでで充分収穫はあった。リラ、一度、歌をとめてみてくれ」


 ふぅ、と細い息を吐く。

 すると、たちまち瘴気が立ち込めはじめ、あちこちに暗い闇だまりをつくり始めた。

 騎士達が驚嘆の声を漏らし始める。


「なんと恐ろしい。リラ様の歌が無ければ、こんな状況になっていたのか」

「逆に言えば、リラ様の歌声の凄まじさがよく分かるな」

「まったくだ。ロクス・ソルスに舞い降りた歌姫、いや、女神だ」

「女神だってよ、リラ」


 ベルムの大きな手が、リラの頭をポンポンと撫で、リラは顔を真っ赤にした。


「それで殿下、収穫ってのは何のことなんですかい?」

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