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第百四十五話 来るべきじゃなかった

「問題ありません、ファルサ様。瘴気にやられた者達は、皆、足に古傷を持っていた者達でした。そこに瘴気が入り込んだようで、浄化を受けて癒えたようです。まだやれます」

「当然よ。進むわよ。全軍前進っ!!」


 檄が飛び、連合聖騎士団は歩みを再開した。


「インユリア」

「はい」

「一応確認しておくけど、霊銀薬は手元にあるんでしょうね」


 淫靡な聖女は微笑んで応えた。


「勿論でございますわ。わたくし自身が瘴疽に罹ってしまったら、必要になりますもの」

「ウチにも渡しなさい」


 ファルサの言葉に、インユリアはわずかに視線を鋭くしたが、すぐにまた笑顔を取り繕った。


「ええ、もちろんですわ。こちらをどうぞ。ですが、携帯してこられた少量しかございませんので、悪しからず」


 受け取りながら、ファルサは、思えば自分自身は一度も瘴疽に罹ったことがないなと振り返った。金鹿聖騎士団が発足して間もない頃は、一応団長としての威厳を見せようと最前線で戦ったりした場面もあったが、ついぞ、瘴疽には罹らなかった。持って生まれた貴族としての幸運だろう。その幸運は疑う余地もないが、備えはあった方がいい。

 受け取った霊銀薬の瓶を腰帯に慎重にしまい、馬の腹を足で押す。

 だが、少し進むだけで、一人、また一人と列から脱落していく。その度に全体の歩みが止まり、聖女が駆け付け、浄化を待つ。ファルサの苛々が募り始めるのを、周囲の者達はひしひしと感じていた。


「我らが分かれて両翼につきましょう。聖女と共に横を往けば、その都度浄化できます故」

「とっととやりなさい。こんなんじゃ、いつまで経っても王子に追いつかないわ!」


 甲高い叱責を受けて、それぞれの団長と聖女はザッと素早く左右に散った。


「道を間違えた、ということはございませんわよね」

「魔物の死骸が転がってる方に来てるんだから、それはあり得ないわよ」


 言いながら、ファルサは小さく首を傾げていた。

 あり得ないのは、道を間違えたという可能性もそうだが、ロクス・ソルスの騎士団に追いつかないのもそうだ。

 なぜ、こんなに時間がかかるのだろう。同じように瘴疽患者を出して、無理矢理引きずって強行軍を進めたとして、進軍速度は絶対に落ちるはずだ。

 誰一人瘴疽に罹らずに進んでいるとしか考えられないが、それも到底あり得ない話だ。

 既に瘴気が空気中を漂って、澱んだ風が辺りを包んでいる。気味の悪い空間が、ずっと先まで続いていた。


「ファルサ様」

「何よ」

「お気を付けください! お耳の当たりに、瘴気が――」

「えっ!?」


 慌てて頭を振り、両手で耳の当たりを払う。

 もう大丈夫かとインユリアに尋ねようとして、ファルサは彼女の胸のあたりに瘴気がわだかまり始めているのを見た。


「あんた、それ!!」

「えっ、ああっ、きゃああっ!!」


 ファルサとインユリアの金切り声に反応したかのように、空気中の暗がりが色を強め、聖騎士達を取り囲んでいく。

 突如として増えた瘴気に接近を許したのは、二人だけではなかったらしかった。連合軍の全員、一人一人の周りに瘴気が立ち込め、渦巻いている。

 驚愕が伝染したのは、瞬く間だった。

 それからすぐ、瘴気はさらに濃さを増し、幾人もの聖騎士の鎧の隙間に入り込んだ。


「うわっ、うわああぁぁ!?」

「駄目だ、やっぱり来るべきじゃなかったんだ!」

「逃げろ、逃げろぉっ!」


 慌てふためいた若い聖騎士達は散り散りになった。槍を放り投げて斜面を駆け上っていく者、隊を離れてあらぬ方向へ走っていく者、その場にうずくまったまま動かなくなる者。彼らは、退団していった聖騎士の代わりに加入した、経験の浅い若い者達だった。

 完全に瓦解した一団の中に、ファルサの金切り声が響く。


「なっ、何してんのよ! 戻りなさい! 命令よっ! 厳罰に処すわよ――」


 言い終えた頃には、既に半数以上が姿を消していた。既に倒れている姿も多かった。


「あっ――!」


 団長達、そして聖女達が跨っていた馬達が、苦しそうな息を漏らしてがくりとうなだれ始め、そのまま音を立てて倒れ込んでしまった。

 さらに、周囲に立ち込めていた瘴気が馬の体にしみこむように入り込んでいき、六頭の馬は目や口から朦々と闇を吐き出す怪物へと変貌する。


「なっ、何よ、こいつら!?」

屍鬼グールですわ、ファルサ様! でもまさか、人以外が――」

「お逃げ下さい、ファルサ様!!」


 朱牛と翠羊の団長、そしてそれぞれの専属聖女が、果敢に馬の怪物へと立ち向かった。

 だが、周囲は既に瘴気の闇が濃さを増し、どの方向から来たのかすら判然としない。


「早く!!」


 ファルサは、翠羊の団長の首元に瘴気がぐるぐると巻き付き始めたのを見て、言いようのない恐怖に囚われ、とにかくその場から逃れようと駆け出した。インユリアも、それに続く。

 少し離れた時点で、誰かの悲鳴が背中に届いた。


「そうだ――インユリア、霊銀薬よ! これを頭からかぶったら、ある程度は持つでしょ」


 だくだくとひと瓶分を頭からかけて、ファルサはギリッと歯ぎしりをした。


「さっき逃げていった連中も、クソ王女も、絶対に許さない。全員思い知らせてやるわ」


 呪詛を吐くファルサとそれを聞くインユリアから少し離れた場所、やや前方を、四人の聖騎士が進んでいた。

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