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第百四十四話 禁忌の地

 聖歌によって強化と守護を得たロクス・ソルスの勇士達が、大地の裂け目と呼ばれる谷を下っていく。

 先頭はアル達が進み、他の騎士達はそれを守るように左右に列を伸ばす。一列横隊の形だ。

 長城の上では、王子達の雄姿を一目見ようと一般の住民も押しかけ、手を振って見送っていた。そして、風に乗って歌声が届く。


「この歌は……」

「『勇者に捧げる歌』か。先日、街の皆と一緒に演奏したときに、最後に歌った曲だな」


――

遥か彼方の地平線に

明日を賭けた道が広がる

希望の光が差し込む空に

夢を乗せて羽ばたこう


いざ征け、勇士達よ

共に進め、心一つにして

逆風に立ち向かい、戦い続け

勝利の旗を高く掲げろ


嵐の中で迷いながらも

信じる道を歩き続けよう

背中の汗が希望に変わり

強くなれるその時まで


いざ征け、勇士達よ

共に進め、心一つにして

逆風に立ち向かい、戦い続け

勝利の旗を高く掲げろ


夜空の星が道を照らす

終わりなき挑戦の先に

必ず輝く未来が待っている

この勇気で明日を変えよう


いざ征け、勇士達よ

共に進め、心一つにして

逆風に立ち向かい、戦い続け

勝利の旗を高く掲げろ

――


 見送る人々の歌に乗せて、リラも口ずさみ始めた。

 アルも、そしてトリステスも、そしてベルムも歌い始める。

 瘴気が立ち込める谷底へ向かっている騎士の一団とは思えない、まるでピクニックに出掛けた家族のような朗らかさが皆を包んでいた。

 行進は何事もなく続いた。

 一時間程が経過して、ようやく魔物が影をあらわし始める。


「リラ、休み休みで構わないから、歌ってくれ。戦闘は騎士達に任せて構わないから」


 アルの言葉に、リラは旋律を刻みながら頷く。


「聖歌の力は、この谷の魔物達にも十分な効果をもたらしているな。この調子でいけば、谷底の様子を確かめることが出来るはずだ」


 辺りの瘴気を晴らしながら、そして魔物を屠りながら、百人弱の騎士達は勇猛に進んで行った。




「ウチらはステラ・ミラから来た連合聖騎士団よ。門を開けなさい」

「はっ――? いや、しかし……」

「お元気になられたアンゴール国王陛下の名代、アイテール王女殿下とは話をしてきたわ。書状の準備が間に合わなかっただけで、偉大なるステラ・ミラの力で王子の助力をすることになった。早く通しなさい」


 谷の上、街を護る衛兵達は不承不承、門を開いた。


「お上手ですわ、ファルサ様」

「田舎者相手に、真っ当に話をする必要もないもの。それに、前後関係があやふやになるのはよくあることでしょ」


 フン、と鼻で笑い、ファルサは聖騎士達と共に谷下へと続く坂へと進む。

 ファルサを含む団長三名と聖女三名は最後尾につき、聖騎士達は前方に槍の穂先のような陣形をつくっている。


「ファルサ殿。本当に、この谷底へ進むのですか」


 轡を並べる朱牛聖騎士団の団長が声を震わせる。


「何ビビってんの?」

「大地の裂け目といえば、私が幼少の頃より恐れられていた禁忌の地。この先に、どのような魔物が居るか、わかりませぬぞ」

「この先にいる王子と共闘して功績を残さないと、ウチらがわざわざこんな辺境に足を延ばした意味がなくなる。大体、今回の遠征に失敗が許されないってことくらい、アンタも分かってるでしょ」


 この遠征の成功を前提として、様々な権謀術数が蠢いている。

 事がうまく運ばなかった場合の責任を取らされた者は、間違いなく名誉を失い、取り戻すことも向こう百年は望めないだろう。

 そのことをしっかりと理解しているらしい朱牛の団長は、ごくりと喉を鳴らして頷いた。


「心配いらないわよ。田舎の騎士達の練度がどんなに高いと言ったって、瘴気そのものには敵わない。例え魔物を討ったとしても、騎士の何割かは確実に瘴疽に罹る。それを聖女達が浄化してやれば、確実に恩を着せられる。失敗しようがない、勝ちが確定している戦よ、これは」


 ファルサはクックと喉の奥で笑い、前方に目をやった。

 先を進む騎士達は、いくらでも替えが利く。なんなら、人口が減っているロクス・ソルスに置いていってやって、そのまま永住させてやればいいのだ。


「魔物の骸が目立ってきましたわね」


 顔を顰めてインユリアが言った。


「これを辿っていけば、アルドール王子のところに着くってわけね。ご尊顔を拝見するのが楽しみってもんだわ」


 言いながら、ファルサは行軍の速度が落ちてきていることに気が付いた。

 明らかに、がくんと速度が落ちた。

 何の指示も出していないのに、一体何のつもりなのか。


「ファルサ様」

「ええ。スピードが落ちたわね。一体――」


 前を進んでいた聖騎士の数人が、その場で膝をついている。ファルサは翠牛の団長に声をかけ、様子を確認させた。すると、彼は自らの団の専属聖女を手で招き、聖騎士に浄化させ始めた。


「どういうこと?」

「瘴疽に罹った――ということですわね。魔物と戦ったわけでもないのに。元々傷を負っていた所に、瘴気が入り込んだのかもしれませんが」


 ファルサとインユリアは顔を見合わせ、小さく首を捻る。


「これが、大地の裂け目の洗礼ってワケ?」

「でも、おかしいですわ。この地に居るだけで瘴疽になるというのなら、先に入ったロクス・ソルスの騎士達もとっくに瘴疽に罹っているはず。しかし、足をとどめたり、置いていかれたりした様子はありません」

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