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第百四十話 他愛のない会話

「静けさが、逆に不気味ですね」


 長城から見える光景にため息を漏らしながら、リラは言った。

 太陽はもっとも高いところで輝き、光が射す谷からの斜面は静かそのものだ。

 スピーナの街にたどりつき、常駐している騎士団、駆け付けた近衛騎士団に聖歌の加護を付与し、長城に襲来していた魔物達を一掃して、丸二日が経過していた。

 魔物の数は相当な規模だったが、ロクス・ソルスの騎士一人一人が一騎当千の実力を持っており、しかもリラの歌声によって能力を向上させたおかげで、僅かに手傷を負った者を除いてほとんどが無事ではあった。

 リラの隣で、トリステスが頷く。


「これまでのテネブラエ直後の魔物の襲撃と比べると、少し様子が違うようね。常駐している騎士達に聞いたところによると、通常なら一週間ほど立て続けに、休みなく襲い掛かってきていたそうよ」


 背中に冷たいものを覚えながら、リラは谷を見る。

 瘴気がわだかまっている。

 渦巻いたり、氾濫したりはしていないように見えるが、やはり不気味であることに間違いはない。

 もっとも、とトリステスが言葉を続けた。


「リラの歌声が谷の上層に影響して、魔物達を尻込みさせているという可能性は高い――と殿下はおっしゃっていたわ。さすがに峡谷全域に渡って瘴気を晴らすことは難しいかもしれないけれど、一定の効果はあったんでしょうね」

「だといいんですが」

「ここにいたか」


 すぐ後ろの階段から、聞き慣れた声が届いた。


「アルさん。軍議は終わったんですか」


 頷きながら、アルがリラの隣に並ぶ。そのすぐ後にベルムも姿を見せ、モディを除いたかつての音楽団の面々が揃う形になった。


「これぐれぇの規模なら、騎士総勢三百人の態勢は大袈裟すぎましたね、殿下」

「準備をしすぎるということはないさ。十人をいち小隊として、三十ヵ所の守りにつけたが、これで十分かどうかは終わってみなければ分からない」


 アルが一歩前に進み、谷の様子を確かめる。カチャ、と鎧の留め具が鳴った。

 ベルムが甲冑を纏っているのと同じように、アルもまた、赤い文様の施された鎧をまとっていた。ベルムや他の騎士達の者とは違い、全身を金属の板で包んでいるタイプではなく、胴体と具足の守りを重視した軽いものだ。ただ、左腕にはリラが送った腕甲が装着されている。


「俺が言った、打って出てはどうかって意見への反応はどうでしたか」

「賛成も反対も半々といったところだな。これまでのテネブラエとは様子が異なっている、というのが不安材料だとのことだ。それについては、長くこの場で守り続けていた騎士達の声を重視するべきだろうな。早くけりをつけて、お前をモディの所に帰してやりたいところだったが」


 アルが笑うと、ベルムが頭をボリボリと掻いた。


「よしてくださいよ。俺一人の都合で三百人を動かそうもんなら、それこそ帰る場所がなくなっちまう。それに、お医者の話じゃ、そろそろ安定期とかいうのに入るからそこまで心配はいらねぇって話でしたしね」

「そういえば、お腹の中の子供って、男の子なんでしょうか、女の子なんでしょうか」


 リラの問いに、三人は一斉にうーんと首を傾げる。


「モディに似てもベルムに似ても、どちらにせよ相当なわんぱくだろうな」

「お腹の中でウズウズしているのが目に浮かぶわ。早く外に出たくて、早産になったりしてね」

「勘弁してくれよ。でもよ、腹ん中でずっとリラの歌を聞いてたんだから、もしかすっと爪が銀色になってる可能性はあるかもな、って話はモディともしてたんだよ。そうなったら、リラに弟子入りさせねぇとな」


 他愛のない会話。

 まるで帰りたかった場所に帰ってきたかのような安心を、リラははっきりと感じていた。ここにモディが加わったら、ウェルサス・ポプリ音楽団そのものになる。最後にみんなで演奏をしたのは、いつだっただろう。


「失礼します!」

「ケントゥリアじゃねぇか。なんだ、お前もサボりにきたのか」

「お前と一緒にするな、ベルム。私は殿下へのご相談にあがっただけだ」


 アルが促すと、近衛騎士は丁寧に一礼してからあらためて口を開いた。


「リラ殿の歌声の力を聞きつけた街の者達が、是非一緒に演奏させてほしいと志願してきているようです。どうやら、聖女の力にあやかりたいらしく」

「そういえば、このスピーナは、元々楽器造りが盛んな街だったわね。小さな劇団や楽団もあちこちにあったはずだし」

「いいじゃねぇか、リラ。お前さんの歌を聞いて街のみんなも元気が出るし、瘴気に対する抵抗力も増す。ついでに谷まで歌が届けば、魔物共がさらに怖気づくだろうしよ」


 笑顔に囲まれて、リラはピンと閃き、アルの方を見た。明らかに嫌な予感を覚えているらしい恋人に、聖女は笑って言葉を紡ぐ。


「アルさんと一緒ならいいですよ」

「言うと思ったよ。この流れで断るわけにはいかないか――だが、やはり恥ずかしさはあるな」

「じゃあ、慣れてる曲からやりましょう。『月影』なんてどうですか?」


 その日、魔物の脅威を遠ざけた騎士団を観客に、小さな町の大きな広場で演奏会が開かれた。聖女の美しい声、王子の凛々しい声、そして熟練の楽器が奏でる達者な音色が響き渡り、それぞれに仕事をしていた人々もその手を止め、幻想的な時間の流れに身を委ねたのだった。


――

静かな夜の中 月影が揺れる

幽玄なる光が 心に響く


遠き日の思い出 かすかによみがえり

深くため息 彼方へと消える


月影よ そっと照らし出して

この身を包み 安らかに眠らせて


遠くの風 さらさらと吹き渡り

悲しみの歌 ひとときの静寂に響く


永遠の調べ 心に刻みつつ

月影の下 夢の中へと誘う

――

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