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第百三十七話 求められたから

「色々と辻褄が合うわネ」

「辻褄はね。でも、確たる証拠がないんだ。霊銀の実物が手元にあるって言ったって、法王が手引きしてた証拠もない。インユリアさんが受け取った証拠もない。あのファルサが知ってるって証拠もない。裁きの場に引っ張っていったところで、知りませんでしたで終わるのが見えてるんだもん」

「確たる証拠、か――」


 銀狼の長が顎に手を当てて思考を巡らし、小さく口を開く。


「あるかもしれない」

「えっ? ど、どこに?」

「国そのものを動かすような企みを進めていたからには、裏切り者が出ないように連名の誓約書をつくっていたはずだ。いわゆる、血判状のようなものを」

「どう考えたって悪だくみなのに、わざわざそんな証拠を残すわけなくないっスか」


 いや、とウィルトゥスが首を横に振る。


「悪だくみだからこそ、一蓮托生であることを形にするんだ。途中で手を引いても、名が記されている以上は同罪になるぞ、とね。それに、貴族というのは、とかく伝統や格式を重んじる。ストゥルティ卿をはじめ、いくつかの名家も協力しているとなれば、そういったものをつくっている可能性は高い」

「でもっスよ、叔父上。たとえその血判状が存在するとして、それがどこにあるのかが分からないとどうしようもないっスよ」

「どこにあるか、見当はつく」


 全員の視線がウィルトゥスに向けられる。


「おそらく、三ヶ所の内のどれかだ。ひとつは単純に、もっとも中心に居る人物――つまり、プドル法王の個室に保管されているパターン。ヴィア、そういう部屋は?」

「あるわ。大聖堂の最上階に、法王の執務室がある。以前、ほんの短い時間だけ一度足を踏み入れたことがあるけれど、確かに重要な物を保管するのに適した空間だったと思う」


 ヴィアの言葉に、ラエティティアはピクリと反応した。

 法王の執務室に呼ばれるというのは、聖女にとってもかなり特別なケースだ。それこそ、インユリアやファルサのような、特別な関係性がない限りは。それを、ヴィアは短時間ながら入ったことがあるという。どういった経緯なのか、気になった。

 だが、今はウィルトゥスの話を聞くのが先決だ。


「二つ目は、力のある協力者が保管しているパターン。該当するのは、ストゥルティ卿だろうね。現状、宮中のコネクションの広さにおいて、彼以上に手を広げている者はいない。そんな彼が秘密の文書を保管していると言えば、まず間違いなく、王城の一角にある、彼の執務室だろう」

「三つ目は?」

「中心人物達がみなアクセス出来る共有空間に秘匿されているパターンが考えられる。以前、城内の図書館の禁書庫から、古い手紙が発見されたことがあってね。それは百年以上前、とある男女が内密に愛を語り合って逢瀬を重ねていたという内容に過ぎなかったが、木を隠すならという言葉もあるから」


 ラエティティアが口を開く。


「三つ目ならお手上げだね。でも、一つ目か二つ目なら、ボクらの手でプドル法王の悪だくみを白日の下に晒せるってワケだ」


 聖女は先輩聖女を見た。


「ヴィア姉。法王の執務室に入ったことがあるって言ったけど、それってどうやって?」

「それは――……」


 小さなため息をひとつついてから、ヴィアは言葉を紡ぐ。


「体を求められたからよ。年は、今のラエよりも下だったと思う」


 驚くウィルトゥスを、ヴィアがまっすぐ見つめる。


「当然、断ったわ。貴方ならそれを信じられるでしょう?」

「ああ。僕が驚いたのは、法王の立場にある者が、聖女を手籠めにしようなどと大それたことをしたことと、それが公にならずに不問になっていることだよ。君は彼を糾弾しなかったのかい?」

「私は、聖女達による浄化をもっと広く行うべきだと具申していたの。それならじっくり話し合おうと、執務室へと呼ばれたわ。そして、それを実現するためには各地に聖堂を築かねばならず、多大な資金が必要になると。法王の力があれば実現は難しくないが、何事にも見返りは必要だと、そういう話だった」


 ラエティティアが顔を赤くした。


「バッカじゃないの! 浄化の見返りは、人々の平穏と幸福だよ! 聖女の使命と自分の権力を混同するなっての!」

「結局、私は彼の要求を拒み、意見も取り下げたわ。話しても無駄だと分かったから。だからといって、彼を糾弾したら自分の立場がどうなってしまうのかが怖くて、私は表立って行動することは出来なかった。けれど、その後も大聖堂の上に招かれた貴族の子女の話を聞くたびに、あのとき私が行動を起こしていればと思ったわ」


 憤然としていたラエティティアが、ぱっと表情を変えた。


「そっか。インユリアさんとプドルの繋がりは、そういうことか。単純に、体の関係があるから贔屓にされてるんだ。彼女が霊銀を求めて、プドルの奴が取り寄せてあげてるんだ。見返りは体――うげぇ、気持ち悪……」


 舌を出して顔を顰める後輩の横で、ヴィアは意を結して口を開く。


「今の私の立場なら、望めば法王の執務室での談話を申し込むことも出来るわ。おそらく、彼はそれを邪推して、昔の出来事の続きを求めていると解釈するはず。私が応じれば、部屋を探る隙は出来る」

「ちょっと。それって、ヴィア嬢が身を捧げるってこと? 貴女、それを軽々しく口にしていい立場じゃないでしょう。ウィルトゥスのことを考えなさい」


 ムスケルの指摘に、ヴィア、そしてウィルトゥスが表情を曇らせた。

 そんな彼らの顔を順番に見てから、ラエティティアがニッと笑って見せた。


「結婚を控えてるヴィア姉が体を張る必要はないよ」


 驚く面々に、ラエティティアは続ける。


「ボクに任せて」


 自信たっぷりの聖女の顔を見て、マエロルはおそらく彼女が考えている企みは、これまでの話の流れとはまったく関係のないことだろうと確信していた。

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