第百三十六話 物語に魅せられて
アルドール王子一行がラームスの街へ向かったのと時を同じくして、ステラ・ミラの都コルヌから大規模な一団が北へ出立していた。その先頭には、満面に笑みを浮かべた、連合聖騎士団の長ファルサ=ストゥルティの姿があった。
六つある聖騎士団の内の半数、即ち、金鹿、翠羊、朱牛聖騎士団がひとつの部隊として動くのは、聖王国の歴史の中で初めてのことだった。国主が倒れ、国家存亡の危機に瀕している北の小国を救うべく、慈悲と正義を実行しに往く――そんな物語に魅せられて、東門には多くの市民が見送りに集まった。
「無事に旅立ったみたいっス」
銀狼聖騎士団の詰め所の一室に、かつてのリラの同僚、マエロルの報告が届いた。
その報告を聞くべく集まっていたのは、マエロルの遠戚にして銀狼聖騎士団の団長ウィルトゥスとその専属聖女ヴィア、そして桃熊聖騎士団の団長ムスケルと専属聖女ラエティティアだ。
「こうしてあらためて見ると、露骨な選出っスよね。序列第一位の叔父上――ウィルトゥス様は目の上のたんこぶだから銀狼聖騎士団は除外、自分に対して敵対しているラエティティア様が在籍している桃熊聖騎士団も除外。戦力的に考えれば、この二つの聖騎士団を連れて行く方が絶対に間違いないのに、まさかの居残りっスもんね」
呆れ顔のマエロルに、ウィルトゥスが苦笑して応える。
「紫豹聖騎士団――序列第二位のソリトゥードに対しては陰謀を仕掛けて失脚させたのに、僕に対してはあくまでも正攻法で序列を逆転させたいらしい。まったく、あの令嬢騎士殿の気位の高さには驚かされるよ」
「でも実際、今回の遠征が成功裏に終われば、文句なく彼女が上に立つでしょう」
ヴィアが、鳶色のロングヘアを撫でながら、そもそもと言葉を次いだ。
「聖騎士団は、瘴気の災いから民を護るための存在。権力闘争の材料などではないはず。それなのに、こんな――」
「誇り高き聖騎士団も、今となっては法王が指す盤上の駒、か。聞いた話では、今回の連合軍の編成については始まる前から既に根回しが完了していて、ギオ将軍が口を挟む余地はほとんどなかったらしいからね」
ウィルトゥスの言葉に、ラエティティアが首を傾げる。
「ギオ将軍って、どういう方なんです?」
「一言で言うなら、実直な武人だね。だからというべきか、権謀術数の類は苦手だ。何事も明朗に物事を進める人物だから、海千山千の貴族達からは疎まれていてね。宮中に敵は多いよ」
なるほど、とラエティティアは頷いた。
「ってことは、プドル法王とストゥルティ卿、その他大勢の貴族が結託したら対抗する術がない、ってことですか」
「そういうことだね。だから、現状、国王陛下に次いで権力を握っているのはプドル法王だと言って間違いない。いや、むしろ、議会の発言に重きを置くレックス王の統治下では、プドル法王が最大の権力者だと言っても過言じゃない」
それまで黙っていたムスケルが、口を開いた。
「そんな法王がなかば強引に決めた今回の大規模遠征は、どう考えたって裏があるわネ。そもそも、今回のことが議題の上ったきっかけである、ロクス・ソルスのアンゴール王が瘴疽に罹って危篤の床にあるという情報も、プドル法王によってもたらされたものだったんでしょ?」
「遠征のきっかけに始まり、是非の決定、具体的な連合軍の編成に至るまで、すべてプドル法王が操ってたってことっスか。やりたい放題っスね」
マエロルの言葉に、ウィルトゥスが小さく頷きながら、顔を顰めた。
「他国の領土に軍を派遣するなんて、両国の関係を著しく損なうことだ。最悪の場合、国家間の戦争になる。そうなれば、犠牲になるのは力なき無辜の民達だ。そうならないように、僕としても良識のある貴族や穏健派に働きかけはしたが、なにぶん、動き出すのが遅すぎた」
「貴方のせいではないわ、ウィル。自分を責めないで」
ヴィアの手がウィルトゥスの手に重なる。それから目を逸らしながら、マエロルがラエティティアの方を見て口を尖らせた。
「結局、ラエティティア様がタイミングを見計らってる内に手遅れになっちゃったじゃないっスか。もっと早く法王をとっちめられれば、こんなことにならずに済んだかもしれないのに」
「るっさいな~。キミに言われなくたって分かってるよ、そんなの」
ラエティティアは眉間に皺を寄せた。痛いところをグサリと突かれて反論のしようもない。
「そういえば、何か秘密の調べ事をしているという話だったわね、ラエ。プドル法王に関わることなのだろうとは思っていたけれど、一体何をしていたの?」
「う~ん……」
太陽色の瞳を一度床に落としてから、聖女はあらためて先輩に向き直った。
「確証がないまま喋るとまずいかと思って言えなかったんだけど――」
ラエティティアは、ここまでに明らかに出来たいくつかの事実をその場の全員に打ち明けた。
欲まみれの法王が霊銀を密輸していること。
似非聖女がそれで浄化をしていること。
それを利用して金鹿女が功績を上げていること。
ムスケル、ウィルトゥス、そしてヴィアの全員が、それぞれに納得の表情を浮かべた。




