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第百三十五話 運命的なもの

 ロクス・ソルスの都セーメンでの浄化活動は、リラの献身的な奮闘とアルの効率的な指示によって、極めて円滑に進んだ。

 丸二日で都中の瘴疽患者に健康をもたらしたリラは、南東への出立の準備を終えて宮殿の正面でアルを待っていた。そこへ先に姿を表したのは、門の外からやってきたベルムだった。


「おはようさん」

「おはようございます」


 言いながら、ベルムの格好に目を奪われる。旅の中で見ていた装束とは異なり、きちんとした甲冑姿だ。音楽団の頭目としての姿も似合っていたが、鎧もしっかり板についている。


「ほれ」


 ベルムが差し出したまん丸い物を、リラは首を傾げながら両手で受け取る。


「盾――ですか?」

「モディのな。あいつが騎士だった頃に愛用していた丸盾ラウンドシールドだ。自分は行けないから、お守り代わりに持っていってほしいとさ」


 見た目と大きさの割には、ずっと軽い。これなら慣れていない自分でも楽に扱えそうだ。


「ありがとうございます」

「帰ってきたら、本人にもそう言ってやってくれ。それはそうと、殿下は?」

「いくつかアイテール様と打ち合わせてからここに来ると言っていました。もうすぐだと思いますけど」


 リラはそう言ってから、ひとつの話題を思いつき、それを口にすることにした。


「あまりイメージがついていないんですけど、長城というのはどういうものなんですか」

「シンプルなもんだぜ。ただたんに、高い石壁がズラァッとどこまでも続いている、って感じだ。魔物共があがってこれそうな斜面に対してずっと長い距離を囲ってある」


 かなりの長さなのだろう、とリラは想像した。


小鬼ゴブリン犬鬼コボルドには、どうすることも出来なさそうですね」

「おうよ。だが、連中には梯子を造るような知恵もねぇのに、大勢が迫ってくるもんだから、こっちの矢がいくらあっても足りねぇくらいだ。ただ、ある程度のサイズがある魔物や、飛べる魔物が出てくると、それなりの対応が必要になるけどな」


 リラはいくつかの心当たりを頭に浮かべた。

 巨人の類は、まさに該当するだろう。壁を打ち崩すこともしかねない。

 翼が生えている魔物というと、パッと思いつくのはキマイラと呼ばれる合成獣や、翼竜ワイバーン、またはドラゴンだ。


「ロクス・ソルスは、ずっとそんな脅威と戦い続けてきたんですね」

「聖女も霊銀もなしで、な。瘴疽に罹っちまったらどうしようもねぇからこそ、武具も発達したし、戦闘技術も発展してきたんだろうが、それでもやっぱり、すべてを守っては来られなかった」


 ベルムの瞳の中の寂寥は、彼が亡くした故郷への郷愁のためだろう。リラは言葉を見失ってしまった。


「今回のテネブラエは、これまでよりも規模が大きかったって話だ。お前さんが到着してから本格的に事が起きたってのは、何か、運命的なものを感じるな。まるでそれを待ってたかのようじゃねぇか」


 聞きながら、リラは、これが運命なのだとしたら、その糸を手繰り寄せたのは誰あろう彼らウェルサス・ポプリ音楽団だと思った。自分は金鹿聖騎士団を辞め、宿舎を出ただけだ。その手を引いたのはアルであり、背中を押したのは仲間達だった。


「もしも、このために私がここへたどり着いたのだとしたら、すごく光栄に思えます」

「光栄?」

「私は、聖女としては出来損ないで、中途半端な存在だと思っていました。そうではないことに気付かせてくれたのはベルムさん達で、そんな皆さんの故郷を守る一助になれるなら、すごく嬉しいんです」


 へっ、とベルムが鼻をなぞる。


「泣かせることをいうじゃねぇか。そこまで言ってくれるんなら、この先ずっとロクス・ソルスに居てもらわねぇとな」


 ベルムが言わんとしていることを理解して、リラは照れながら小さく頷いた。それを見たベルムも大きく頷いて、それから視線を遠くへと投げた。それと同時に、姿勢を正した。


「待たせたな、リラ。そしてよく来てくれた、ベルム。愛妻は快く送り出してくれたか」

「俺ぁ、この剣を国ではなく、貴方に捧げたつもりですからね、殿下。んでもって、それはモディの奴も同じですとも」


 フッと二人が同時に笑う。


「これから厩舎へ行き、馬で南のスピーナへ向かう。状況次第だが、到着してすぐ戦闘になるかもしれん」

「望むところだぜ」

「私の歌の力については――」

「既に騎士達には伝えてある。向こうに着いたら一曲お願いしたい」


 リラは深く頷いた。


「もっとも、君一人に歌わせるようなことはしない。トリステスが終始護衛として付くし、演奏も手伝う」

「ありがたいです――けど、アルさんは歌わないんですか?」


 赤毛の王子の顔が赤くなる。


「俺の歌は、君のように人に聞かせられるようなものじゃない。旅の中で歌っていたのは、あくまでも音楽団の一人として自然に見えるようにそうしていたのであって、一国の王子が戦いの前に歌うのは不自然だろう」

「そんなことありませんよ。むしろ、皆さんに慕われているんですから、士気を高めるためにも一緒に歌ってくださった方がいいと思います」

「君の歌声を聞くだけで、士気は充分に上がるさ」

「私は、アルさんも歌ってくれる方がやりやすいです。それとも、本当は私と一緒に歌うのは嫌だったんですか?」

「そういう言い方をされてしまうとな――しかし――おい、ベルム。笑いすぎだぞ」


 声を殺しながら腹を抑えていたベルムに視線が飛んだ。


「俺らが離脱したあとも、しっかり仲良くやってたみたいで安心しましたよ。ひとつ助言をかまさせてもらうと、惚れた女の頼み事にはすぐに応じた方が身のためですぜ、殿下」


 さ、行きましょうと歩き始めたベルムに、困り顔のアルと笑顔のリラは続いた。

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