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第百三十三話 闇の奔流

「――氷冠巨人フィボルグねぇ。俺も一戦やってみたかったぜ」

「ほとんど出現しない珍しい魔物ですから、中々機会はないかもしれませんね。同じような環境で大発生が起きれば可能性はありますけど、そもそも大発生が起きる確率自体が高いものではありませんし」


 リラが言うと、そういえばとモディが口を次いだ。


「殿下、テネブラエの話は聞きましたか」

「いや――」


 小さく首を振るアルを見ながら、リラは聞き慣れない言葉に知識の引き出しを開けた。

 テネブラエ――「暗がり」や「闇」を意味する言葉だ。だが、そういう名前がつけられた地名は、大陸の中にはなかったはずだった。

 小さく首を傾げていたリラの疑問に応えたのは、アルだった。


「リラも、ステラ・ミラとロクス・ソルスとの国境ともなっている大きな谷間のことは知っているだろう」

「はい。大地の裂け目と呼ばれているところですよね。ずっと昔から瘴気がわだかまっていて、日々魔物を生み出し続けていると。そのため、ステラ・ミラでも北方に騎士団が常駐してはいましたが、慢性的に被害は出ていました」


 頷いてアルは続ける。


「ロクス・ソルスでも同様だ。むしろ、傾斜はこちらに向かう方が緩やかだから、谷底で生まれた魔物達は北側の崖を這い上り、ロクス・ソルスの人々が暮らす地を目指してくる。賢い先人達が長城を築いてくれたおかげで、この国は国としての形を保っているが、時折、異変が見られることがあるんだ」

「異変?」

「まるで川が氾濫するように、谷底の瘴気が渦を巻いたり、妙に凝縮したりすることがある。この国ではそれを闇の奔流、テネブラエと呼んで忌避してきた。多くの場合、それから間もなく魔物の襲撃が増えたり、地上にまで瘴気が沸きあがってきたりするからだ」


 聞きながら、リラは魔物の大発生と同じようなメカニズムなのだろうと思った。その瞬間を目の当たりにしたことはないが、おそらく、強力な魔物が生まれるときというのは、瘴気が集中しているのだろうという気はしていたからだ。


「そのテネブラエという現象が、最近あったということですか?」

「そうなの。私も又聞きなんだけど、二ヶ月くらい前の地震と前後して谷底でも異変が起きたって。谷、っていう共通点もあるから、ワリスの谷の時と同じように強力な魔物が出現しててもおかしくないなと思って、今、思い出したのよ」


 モディが不安げな表情を浮かべる。ベルムはそんな妻の肩にそっと手を置いて、大丈夫だと笑って見せた。


「宮廷には情報が集まっているはずだな。ケントゥリアも交えて対策を立てなければ」

「殿下。いざってときは、俺にも声をかけてくださいよ」


 ベルムの強い視線に、アルはゆっくり小さく頷いて応えた。

 正直なことをいえば、ベルムがモディのもとを離れるような指示は出したくなかった。だが、有事の際は彼の武力は何にも代えがたいし、モディも自分達夫婦だけが特別扱いされることを快く思わないだろう。旅先ならまだしも、既に今は帰国して日常に戻ってきているのだから。


「愛する妻を未亡人にしてやるなよ」

「もちろんですとも」


 夫婦の住まいを出て、リラとアルは宮殿への帰路に就いた。

 歩きながら、リラが言葉を紡ぐ。


「大地の裂け目に対して、私が歌ったらどうなるでしょうか」

「谷は広く、しかも深い。君の歌声はよく通るし、よく響くが、さすがにあの瘴気を全域に渡って晴らすというわけにはいかないだろう」


 金鹿聖騎士団に在籍していた頃は、大地の裂け目に近付くことは許されなかった。聖女が過保護にされていたこともあるが、そもそも、ステラ・ミラ側からは絶壁が続いていて、単純に危険だったからだ。それでも崖の上に瘴気が溜まることは多く、近隣の村々にはしょっちゅう被害が出ていた。

 残念そうに俯くリラに、アルが笑う。


「だが、君の聖歌があれば、騎士達の力は倍増するし、魔物は弱体化する。それに、谷底全てとは言わないまでも、かなりの範囲に渡って瘴気を晴らせるだろうことも、旅の中で実証済みだ。期待させてもらうぞ」

「はいっ!」


 宮殿に戻ると、アルはリラを上階の一室へと案内した。落ち着いた深い赤のカーテンやカーペットが備え付けられ、頑丈そうなテーブルセット、装飾の施されたクローゼット、天蓋付きのベッドと、どう見ても使用人の部屋には見えない。


「ここは――?」

「一族の者の部屋になっていたこともあったようだが、今は一族と言っても父上と姉上、それに俺しかいないから、ただの空き部屋だよ」


 つまり、王家の人間のためにしつらわれた部屋ということだ。


「そっ、そんな部屋をお借りすることなんて出来ません。私は身分上はただの一市民に過ぎませんし、そもそもロクス・ソルスの人間でも――」

「リラ」


 アルが視線を横に置いて、それからあらためてリラを見据える。頬が赤らんでいる。


「一市民ではなく、そしてステラ・ミラの人間でもなくなるのは、嫌だろうか?」

「それって――……」


 彼の口から告げられる言葉を思った途端、心臓が鼓動を速めた。

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