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第百三十一話 守るべきもの

「アルさん、ね」

「あっ……」


 思わず、慣れた呼称を使ってしまった。王族に対して不敬だと責められても仕方がない。言いようのない威圧感が、前の空間から感じられる。


「顔を上げて頂戴、聖女リラ」


 恐る恐る言う通りにすると、王女は腕は組んだままだったが、表情は和らいでいた。


「貴女は、トリステス、そしてモディとベルムから聞いた通りの人物のようね。清廉潔白、純情可憐。聖女という言葉で思い描かれる像そのものに近い、と」


 アイテールは、視線を弟へと移して続けた。


「正直に、あの夫婦の顔を見に行く途中だったと言えばよかったでしょうが」

「眉間に皺を寄せているときの姉上に理屈は通じないでしょう」


 ふっ、と姉弟が同時に笑う。


「旅の報告は一通り、トリステスから受けたわ。貴方が負かしたあの老人剣士は、騎士団の顧問として扱うことにする。もちろん、一定期間の監視はつけるけれど」

「ご英断に感謝を」

「ただし、アル。ベルムとモディのところへ行くのはいいけれど、里帰りだからと気を抜いては駄目よ」


 きらりと目を光らせた姉に、アルは首を傾げた。


「どういうことです」

「ずっと以前から、城下でステラ・ミラの鼠が奔走していたのは知っていたでしょう。それが、ここふた月程の間、妙に活発に動いていたの」


 リラは妙な居心地の悪さを感じながら指を組んだ。


「大臣を含め、何人かの重臣にも接触していた節があるわ。街の様子に大きな変化はないけれど、一応注意はしておきなさい。守るべきものが増えたのなら、なおさらね」


 それだけ言って、アイテールは颯爽とすれ違って行った。

 凛とした佇まい、落ち着き払った仕草、あらゆるものがリラから見て美しかった。

 アルに促されて歩きながら、リラは先程の姉姫の話を話題に挙げる。


「こう言ってはなんですが、どこの国でも偉い人達同士の揉め事はあるものなんですね」

「恥ずかしながらな。特に大臣のスクリーバは、ずっと大国による庇護を推進しているために、父――国王と衝突しているんだ」

「国王陛下は、ステラ・ミラやテラ・メリタからの支援を望んでおられないんですか」


 アルは大きく頷く。


「古今東西、外国の力に頼れば必ず見返りを求められ、国の切り売りに迫られる。父は歴史からそれを学び、どうにかして国内の力だけで瘴気に打ち勝とうとしているんだ」


 ただ、とアルは続けた。


「その頑なな姿勢を民が見限り、国を出ているのも事実だ。スクリーバ大臣もまた、そんなロクス・ソルスをなんとかしなければと頭を悩ませている憂国の士であることも間違いない。私財を投げうってステラ・ミラの要人とのパイプをつくっているという話も聞くほどだから、複雑だよ」


 リラはなるほどと頷きながら、大臣が国王に具申しているらしいという事実に驚いていた。

 自分も、金鹿聖騎士団に入団した直後は、団長のファルサに物申していた。しかし、まるで取り合ってもらえないこと、理不尽なほどの逆襲にあうことが多く、次第に何も言えなくなっていった。

 大臣が国王に対して意見を言えるということは、大臣が余程豪胆なのか、それとも国王の器が大きいのか、あるいはその両方なのか。


「私の力で、ロクス・ソルスの状況が少しはよくなるでしょうか」

「……それを望んでいる自分と、望んでいない自分がいるよ」


 リラは顔を上げてアルを見た。なんとも複雑そうな表情で笑っている。


「君の聖歌は、この国の民を救い、国そのものを良い方へと動かすだろう。それは間違いない。間違いないんだが、その結果、君がこのロクス・ソルスという国の重責を担わされることになるのもまた、想像に難くない」

「騎士団の専属聖女になる――というような、ですか」

「それくらいならまだいい方だ。重臣の中には、君を祭り上げて利用しようとする者も出てくるだろうし、ステラ・ミラとの外交材料にしようとする者も出てくるだろう。もちろん、君の意志を軽んじる輩は二度と口が利けないようにしてやるつもりではいるが、家臣の中には色々な者がいて……」


 そこまで言って、アルはハッとして笑顔をつくって見せた。


「いや、今の話は忘れてくれ。何があっても、俺が君を守るから」


 いつでも自信にあふれ、頼りになる人――だと思っていた。

 それが、国という得体の知れないものが相手となると、思わず弱音が出てしまったりもするのだろう。アルが不安げな表情を見せたのを、リラは初めて見たような気がした。

 アルのそんな姿に、リラはこれまでには抱いていなかった感情の芽生えを感じた。

 支えたい。

 力になりたい。

 リラはそっと彼の方に寄り、袖を軽くつまんだ。


「じゃあ、私がアルさんを守ってあげますね」


 少し驚きの色を浮かべたあとで、アルの目がふっと優しく光る。


「聖女の加護が得られるなら、それほど心強いことはないな」

「半分ですけどね。でも、トリステスさんにもらった吹き矢だって肌身離さず持ち歩くようにしてますし――あっ、あの家じゃないですか?」


 リラは、王宮から見えていた煉瓦の壁を指さした。見上げると、煙突の先が僅かに見えている。


「ああ、そうだ。あの二人に会うのは久しぶりだな」

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