表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

130/160

第百三十話 次に向かうべきは

「まずは一息つくか。国としての財の蓄えは乏しいが、茶の類だけは豊富にあるぞ」


 そう言われたリラだったが、頭の中はモディに会いたいという思いでいっぱいだった。

 それをそのまま言葉にすると、アルドールは諦めたように笑った。


「ケントゥリアが言っていたように、モディなら大丈夫だと思うぞ。慌てて会いに行かなくても、すぐに生まれてくるものでもないだろうし、逃げたりもしないだろう」


 リラは首を振った。


「心配な気持ちはもちろんありますけど、ただ、モディさんに会いたいんです。駄目でしょうか」


 アルドールが自分の身を案じてくれているのは分かっていた。だが、これまでの旅でも散々体力勝負の場面はあったし、聖女として長年鍛錬をしてきたのだから、多少の強行軍など慣れっこだ。


「そういえば、ラエティティアが言っていたな」

「え?」

「見た目に反してリラは頑固だ、と。口を利いてくれなくなる前に、モディ達のところに案内した方が身の為かな」


 「もう!」とアルを押しそうになって、リラはぐっと踏みとどまった。ここは王宮で、彼はアルドール王子なのだ。これまでのように、ウェルサス・ポプリ音楽団のアルとして扱うわけにはいかないだろう。

 そんなリラの逡巡を、アルドールは瞬時に感じ取っていたらしかった。


「そんなに構えなくていい。トリステス達は俺のことを殿下と呼んできていたから元に戻るだけで、君はこれまで通り、俺のことはアルと呼んで構わないし、振舞いも変えなくていい」

「でも――」

「そもそも、アルという呼称も単なる偽名ではなくて、元々愛称なんだ。ただ、それを口にする人物が限られていたというだけで」


 王子に愛称を用いる人物――それはつまり、家族であり、父王であり、姉姫だろう。


「もっとも、愛称にさんづけをするというのも妙な気はするが、さすがに呼び捨てにするのは気が引けるだろう?」

「それは、まあ……」


 以前、ペリスの街でも同じような会話をしたことを思い出す。あのときは、彼から音楽団の面々を呼び捨てにしてはどうかと提案されたのだ。今にして思えば、ほいほいとそれに乗らなくて正解だった。


「なんなら、王子の権限として、呼称を限定するよう命じてもいいが」

「わ、分かりました。では、僭越ながら、これまで通り接させていただきます」


 妙なぎこちなさを覚えて、二人は同時に笑った。


「では、あらためてモディのところに行くとするか」

「遠いんですか?」

「いや。ベルムが所属としては近衛騎士だし、剣術指南を務めている関係もあるから、王宮から遠すぎる場所には住宅を構えさせなかったんだ。有事の際には駆け付けてもらう必要があるしな」


 ふむふむ、と頷きながらリラが続きを促す。


「ここからも見えるはずだ――ほら、あの、赤い屋根の家が分かるか?」

「……丸い煙突のおうちですか?」

「そうだ」


 歩いてすぐの距離に見えた。

 まるで絵本で見たように、煉瓦造りで、煙突がにょきっと伸びている。


「行くとするか。俺も、二人の顔を一度見ておきたいしな」

「はいっ!」


 意気揚々と返事をして、リラはアルの隣に並んだ。

 歴史の刻まれた古い石階段を下り、王宮の正面へと戻る。

 もうすぐ外――というところまで来た二人を待ち構えていたのは、腕を組み、仁王立ちをして立ちはだかる一人の赤毛の女性だった。


「帰還してすぐ父上の所へ向かった。それはいいでしょう。瘴疽を患いながら霊銀薬を使おうとしない王の許へ聖女を連れて駆け付けるのは、肉親としても、一国の王子としても、正しい行いだと言えるから」


 しかし、と美女は続けた。


「次に向かうべきは、この姉の所ではないかしら」

「あ、姉上――」


 アルドールがごくりと固い唾を飲み込んだ音を、リラは確かに聞いた。

 そのアルドールによく似た色の深紅の髪は豊かに伸ばされ、風に揺らめく炎のようだった。瞳は紅玉のように輝き、確かな強さを滲ませてじっと相手を見据えている。新雪を思わせる白い肌が、髪の色、瞳の色、そして鮮やかな赤のドレスと互いを際立たせて輝いている。息を呑むほど美しい、というのはこういう人を見て出来た言葉だろうという気がした。


「今、まさに姉上の部屋に向かおうとしていたところでした」


 まずい、とリラは思った。

 関わって日の浅い自分にすら、アルが隠そうとした本音を見抜けるようになってきている。生まれてずっと傍にいる姉に分からないはずがない。

 そもそも、どう見ても自分達は外へ向かっている。


「そう――」


 姉姫の紅玉の双眸が、リラに向けられる。


「今の愚弟の言葉に間違いはないかしら、聖女殿?」

「う――」

「う?」

「うそ、です」


 リラの隣で赤毛の王子が頭を抱えた。姉が口を開きかけた瞬間、リラが大急ぎで言葉を紡ぎ直す。


「でっ、でも! アルさんは、私を気遣って休ませるつもりでした! 今、外に行こうとしていたのは私の我儘を聞いてくださったからであって、決して王女殿下をないがしろにしようとしていたわけではありませんので、ご容赦ください!」


 言いながら、勢いよく頭を下げる。頭を下げたせいで、相手の顔が見えなくなってしまい、リラはその姿勢のまま硬直するしかなかった。あのファルサに対してだって、ここまで深々と頭を下げたことはなかった気がする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ