第百二十八話 赤い髪の王
「君には、連合軍の総指揮官を担ってもらう。さらには、ステラ・ミラとロクス・ソルスの窓口、そしてパイプ役も、だ」
「――ウチに外交をせよ、と?」
「考えてもみたまえ。若くして国を治めなければならないという重責を、誰が一人で背負えようか。伴侶が必要なのだよ、伴侶が。だが、誰でもよいというわけではない。政に精通し、大国の覚え良く、高貴な血の持ち主でなければならん。そう、例えば、連合軍を率いていた若き女傑とか、だ」
なるほど、とインユリアが手を鳴らした。
「若き王が、救国の英雄を妃として招く、という筋書きですのね。名家であるストゥルティの令嬢を招くことが出来れば、ステラ・ミラの庇護を受ける名分も出来ますもの。ファルサ王妃の誕生、というわけですわ」
「ウチが、王妃――……」
ファルサは、どくん、と胸が高鳴るのを感じた。
「どうかね。小国とはいえ、君が欲しがっていた玉座だ。成就した暁には、北の地に聖騎士団を常駐させ、絶対の治安を維持させることを約束しよう。肩書を女王に変えたければ、何、時を見て手を打てばよいだけのこと」
プドルは続けて、インユリアに視線を移した。
「また、ロクス・ソルスには聖堂を新設する。その長の座は、インユリアに与えよう」
インユリアがごくりと喉を鳴らすのを、ファルサは確かに聞いた。痛がり屋の彼女にとって、安寧が約束される組織のトップという座はさぞ魅力的なのだろう。
「既にストゥルティ卿が根回しを進め、多くの賛同者を獲得している。うまくいかぬ理由がないほどにな。お主等ふたりが担う役割は大きい。自らの望みを成就させる意志が固まったら、この血判状にサインをしたまえ」
プドルが出したのは、分厚い一枚の羊皮紙だった。背信は死を意味することを文頭に掲げた契約書には、既に名の知れた多くの貴族達の名が記されていた。そしてその横には、彼らの指紋が血によって印されている。
ファルサは自らのサインを父の名の横に記し、指先に針で穴を開けた。インユリアもまた、それに続いた。
「殿下!!」
都セーメンの大通りを馬で駆け抜け、まっすぐに宮殿へと向かったアル達を迎え入れたのは、モディらを迎えに来た騎士だった。
「ケントゥリア、息災だったか」
「はっ! ベルム、モディの両名につきましても、都に着き次第自宅へと送り届け、現在は療養中であります」
「ご苦労だった。それで、父上の様子は」
緊張感に満ちていたケントゥリアの顔つきが、一段と険しくなった。
「侍医によると、現時点では命に関わるような病状ではないとのことです。しかし、いかんせん、瘴疽に罹ってるのを周囲に隠したまま公務に当たっていたもので、内臓に影響が出ているらしく、今は厳戒態勢でお部屋におられます」
「瘴疽を隠して――親子だなぁ」
「何か言ったか」
「なっ、なんでもないです、殿下」
アルは左腕の腕甲を右手で撫でながら言葉を紡ぐ。
「リラ。父の浄化を頼みたい」
「もちろんです。任せてください!」
「トリステス、すまないが、姉上のところにいってテスタのことを話しておいてくれないか。どういった立場を与えるのが適切か、判断を仰いでくれ」
「御意」
リラはアルの後ろに続いて宮殿を歩いた。
ステラ・ミラの王族が住まう宮殿には、前庭までしか入ったことがない。ラクリモサ祈願祭における聖女の行進のスタート地点がそこだった。たくさんの庭師に手入れされているらしい緑が美しかった。奥に見える宮殿は遠目に絢爛豪華で、殺風景な大聖堂とはまるで別世界に見えた。
それに比べると、今歩いているロクス・ソルスの宮殿は質素といってよかった。装飾や調度品がないわけではないが、多くもなければ質が良いようにも見えない。
理由は、おそらくこの国の歴史そのものだろう。王族だからと言って無節操に贅沢な暮らしが出来るような財は、瘴気に侵され続けるこの小国では蓄えようがない。
「父上に会いに来た」
「アルドール殿下に敬礼! お久しぶりでございます。お連れの方は……?」
「聖女だ」
「せ――」
「分かれ。入るぞ」
四人の近衛兵を仰天させて固まらせたまま、アルドールは両開きのドアを勢いよく開けた。リラはその後ろをすごすごとついていく。
「父上」
「おぉ、戻っていたか、アルドールよ。息災のようで何よりだ」
装飾のないローブを纏い、執務用らしいテーブルセットに掛けたまま、赤い髪の王は笑った。
似てる、とリラは思った。
アルよりも痩せていて、線も細く、ややもすると弱々しい印象を受ける。しかし、深い赤の瞳は煌々と燃えていて、全身から発されるどっしりとした重々しさは、威厳と呼ばれるものなのだろうと感じた。
「そちらのお嬢さんが、話に聞いた聖女殿だね。ベルムとモディから、報告は受けているよ。聞いた通り、可憐なお嬢さんでおられる」
「リ、リラと申します。以後、お見知りおきを」
穏やかな微笑みの奥の力強さに、リラは反射的に体を強張らせた。初めて感じる緊張だった。これが一国の長たる者の威厳なのだろう。
「聞いているのなら、話は早いですね。早々に浄化を受けてください」