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第百二十七話 悲しむべき朗報

 ステラ・ミラ聖王国の都コルヌの中心地にそびえる大聖堂、その最上階を、ファルサとインユリアが訪れていた。


「アンタと一緒に呼び出されるなんて、いい予感がしないんだけど」

「あら、そうですか。わたくしは何やら、素敵な時間を過ごせそうな気がいたしますわ」


 妖艶な笑みを浮かべる専属聖女に、聖騎士団長はわずかに眉を顰めた。

 近頃続いている秘密の共有によって、お互いの間にあったはずの壁がなくなっていっているのは確かだ。ただ、それがいわゆる友情といわれるものに続いているのか、はたまた別の感情や欲求に続いているのか、ファルサは測りかねていた。

 どうやら、この聖女が醸し出している雰囲気のことを色気と言うのだろうと、鼻の下を伸ばす部下達を見てだんだんと分かってきた。そして、部下の内の何人かは、おそらくインユリアと褥を共にしている。それも、名の知れた貴族の家から排出されてきた騎士の何人かだ。

 女であるということを武器にして、インユリアは極めてしたたかに生きている。

 ある意味では尊敬に値する相手だとファルサは思い始めていた。


「男子同士、女子同士が事に及ぶのは、貴族の間ではないことではないでしょう」

「ないことはない、というのは、珍しくはある、という意味ではあるわよ。ウチにはそういう趣味はないわ」

「気付いていないだけかもしれませんわよ」

「なんですって?」


 ふふ、とインユリアが妖艶な笑みを浮かべる。


「冗談ですわ、ファルサ様。さ、法王猊下のお部屋です。ノックはわたくしが? それともファルサ様が?」


 フン、と鼻を鳴らしてファルサは厳めしい扉を敲いた。

 入室を促されて、ファルサとインユリアが法王の執務室へと足を踏み入れる。


「よく来た。さ、かけなさい」


 黒光りするテーブルの向こう側にプドルは座っていた。その正面、用意された革張りの椅子に二人はそれぞれ腰かけた。


「悲しむべき朗報がある」

「矛盾しておりますわ、猊下」


 インユリアの指摘に、プドルはぐふふと肩を揺らした。


「まぁ、聞くがよい。今日、我が国の密偵がもたらした情報だ。北の小国ロクス・ソルスの君主アンゴール王が、内の腑の瘴疽に罹ったらしい」

「内臓の? それは――たしかに、悲しむべきことですね」


 ファルサは感情を込めずに言った。

 対して国交のない国の王が瘴気に蝕まれたからと言って、別になんの情も沸かない。まぁ、霊銀が採れず、聖女も生まれない貧国である以上、長い命ではないだろう。

 それに、たしか内臓にまで影響を及ぼす瘴疽は、高価な霊銀薬を用いても快癒しないと聞く。もはや助かるまい。不運なことだ。


「さらに、かの北の地において、魔物が大量に出現する兆しが確認されたという。詳細は知らぬが、十中八九間違いないようだ」

「それらが、なぜ朗報になるのです? 国家存亡の危機といって差し支えないと思いますが」

「うむ、まったく。アンゴール王は博学才瑛で知られる賢王だった。いや、まだ過去形にすべきではないか。だが、彼がこのまま崩御し、そこに魔物の大発生などが起きようものなら、既に王妃亡き今、国は大いに乱れることだろう」

「あの国には、既に後継があったはずですが――確か、王女が一人と、王子が一人」


 プドルは大きく頷く。


「どちらもまだ若すぎる。冠を戴いたところで民は付き従わぬだろうし、瘴気の脅威を退けることは出来まい。そこで、親愛の情を示し、吾輩は複数の聖騎士団から成る連合軍を組織し、大規模な援助を申し出るつもりだ」

「あら……それはかの小国にとっては有難すぎることですわね。これまで何度も支援の要請があったにもかかわらず、大聖堂は様々に理由をつけて固辞し続けてきておりましたし」


 ファルサは腕を組み、嘲笑まじりに口を開いた。


「弱みに付け込み、混乱に乗じ、これ見よがしに恩を売り、見返りとして何を要求するおつもりなのです」

「第一王女アイテールだ」

「なるほど……聖女だけでは飽き足らず、ついには王族の血に連なるものを手籠めになさる、と」


 ぐっふっふと下卑た笑いをするプドルを見ても、ファルサは表情を変えなかった。どうやら、この男に対する侮蔑の念は、もはや自分の中にはないらしい。むしろ、欲求に忠実に、言い方を変えれば夢に邁進する姿に尊敬の念すら覚えるほどだ。


「今は亡きロクス・ソルスの王妃ミセリア――外遊でこの大聖堂を訪れたひと時で、まだ若かった吾輩の心を虜にした絶世の美女だった。法王の地位を求めたのも、今となっては、どうにか彼女の傍に近づけないかと力を欲したからだったかもしれんと思うほどだ。彼女が王子を産むと同時に逝去したと聞き、吾輩は傷心に枕を濡らしたものよ」


 だが、とプドルは続けた。


「我が念願は別の形で成就に向かっていたのだ。後年、王女の御姿を目の当たりにしたとき、吾輩は目を疑った。まさに生き写しだったのだからな。あれをこの手に抱けるかと思うと、年甲斐もなくいきり立つわい」

「筋書きが見えませんね。国王が崩御したとして、順当にいけば次の王位はその王女が継ぐのでは? さすがに女王となった者に手をつけるのは、双方の法が許さないでしょう」

「戴冠前に、この大聖堂の僧籍へ出家させる。両親の死を悼み、犠牲となった民の魂を慰めるためとしてな。造作もないことよ」

「すると、王位を次ぐのは王子の方――」

「その通りだ。そして、そこからが君にとって重要となってくるのだよ、ファルサ君」


 今のところ、自分が登場する場面は一箇所だけだった、と振り返りながらファルサは首を傾げて見せた。複数の聖騎士団から成る連合軍の一翼になるだろう、という部分だけだ。そのことと、この色狂いの法王が他国の王女を手中に収めるのと、どう関わってくると言うのか。

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