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第百二十六話 郷に入っては

「ようこそ、ロクス・ソルス王国の玄関、西の街ラームスへ――って、貴方様は!?」


 アルの顔をあらためた衛兵二人が直立に姿勢を正した。


「お疲れ様であります、アルドール王子殿下!」

「楽にしていい。見ての通り、公務として訪れたわけではないんだ。町長殿は?」

「はっ。近日予定の登山遠征に向けて、『剣の館』にいらっしゃるかと思います」

「わかった、ありがとう。引き続き街の護りを頼む」

「はっ! ありがたきお言葉!!」


 街をぐるりと囲む城壁の隙間、出入りのための門をくぐってアル達は街へ入った。全員馬車からは降り、テスタが馬を引く。


「見事な求心力だな」

「当然よ。ロクス・ソルスの王族は、その勇猛さや聡明さから、国中の民に愛されているもの」


 トリステスが自慢げに言った横で、アルは苦笑していた。


「いつまで経っても瘴気を晴らすことのできない王族を見限って国を離れる者も多い。残った者達は、当然王族を慕っているということになりがちなだけだ」


 通りを歩いていると、市民達がアルの姿を見てにこやかに挨拶をし、手を振った。

 ステラ・ミラでは見なかった光景だな、とリラは思った。あの国の王族が城下に姿を見せるのは催しのときだけだ。善政を敷いているという話は聞くが、政に疎いリラには具体的にはよく分からなかった。


「民に慕われる王子に馴れ馴れしくするのはまずかろう。郷に入っては郷に従えという言葉もある。この先は、儂も殿下とお呼びいたそう」


 歩きながらテスタが言う。


「そうね。私も元の通り、呼称を改めさせていただきます」

「そ、それでは、私も殿下とお呼びいたしますね」

「……まぁ、今は仕方がないか。ひとまず、そうしておいてくれ」


 やや憮然とした顔つきになったアルドール王子に、リラは言葉を続ける。


「そういえば、先程の『剣の館』というのは、どういったところなんですか?」

「ロクス・ソルスでは、男女を問わず皆が剣術を嗜みとして身につける。そのための施設は街中にいくつもあるが、その本部となるのが『剣の館』だ。騎士団の詰め所でもあるが、市民のための剣術大会などの会場にもなる」

「北の小国が軍事的に大国と引けを取らないで来られた所以ですな」


 その建物は、街の中央の広場に隣接して在った。建築の様式は、以前リラが寝食していたステラ・ミラの聖騎士団の施設とほとんど同じらしかった。

 中に入り、中庭に行くと完全武装した多くの勇士達と、町長と思しき初老の男性の姿があった。


「なんと――アルドール王子殿下! 近衛騎士団も連れずに、いったいここへ何をしに参られたのですか。今、御身がいかほど大切か、分からないではありますまい」


 町長の言葉に小さく首を傾げながら、アルドールは口を開いた。


「この物々しさの理由は、スティーリア氷山か?」

「さすがの慧眼にございますな。先日の揺れから此の方、北側の魔物は勢いを増すばかりです。数日前からやや威勢を弱めましたので、ここは一気呵成に山を攻略しようと――」

「もう済んだぞ」

「なんですと?」


 アルドールは、コンスル町長にテラ・メリタ側から山を登って氷冠巨人フィボルグを討伐したこと、魔物狩り達が山の魔物を掃討したことを伝えた。

 それを聞いた騎士団はざわつき、にわかに歓喜の声を上げ始めた。


「さすがは勇名を馳せたアルドール様。よもや、他国の者達を先導して国難を救っておられたとは」

「成り行きだ、買いかぶるな。だが、とりあえず北の脅威は落ち着いたと見ていいだろう」


 ところで、と赤髪の王子は言葉を次いだ。


「実は、今話したように、わけあって国を離れている期間が長くなってな。この一年――いや、二、三ヶ月ほどの間で何か変わったことはなかったか」

「なんですと。では、ご存じでおられないのですか。」


 驚愕の色が町長の顔に浮かぶ。


「何かあったのか?」

「アンゴール国王陛下、つまり貴方様の父王様が、瘴疽に罹って病床に臥せっておいでです」

「なんだと!? いつの話だ!」

「私が耳にしたのは、つい先週のことでございます。聞いた話では気丈に振る舞い、公務を続けておられるとのことですから、特段、命にかかわるほどではないのだろうと思ってはおったのですが……」


 ぎりっ、とアルドールが短く歯を鳴らしたのをリラは聞きこぼさなかった。


「アルさ――殿下。急いで向かいましょう」


 腕甲を嵌めた腕を、リラがぎゅっと引っ張る。その瞳には、強い意志と使命感が火となって宿っている。


「リラ、早駆けは出来るか」

「前にいたところで練習しました」

「よし――あとの二人には、聞くまでもないな。コンスル町長、済まないが、騎士団の馬を四頭借りたい」

「もちろんでございます。他に、何か必要なものはありますか」

「預かってほしいものがある。我々が連れていた馬と荷車、その積み荷を大切に保管してくれ」


 王子は仲間達に向き直った。


「聞いての通りだ。これから馬に乗り、急いで都セーメンへ向かう。必要最低限の荷だけを持って、あとは置いていかせてくれ」

「距離はどれくらいあるのですかな」

「早馬で一日の距離だ。国土の狭さに感謝する日が来るとはな。行くぞ!」

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