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第百二十五話 私だと思って

 さて、とネニアはリラを見つめ直した。


「今後何か助けが必要なら、いつでも頼って――というのは、さっき皆さんに伝えたけれど、貴女には個人的にお礼をするべきでしょうね」

「そんな、私、別に何もしていません」

「そう言わずに、受け取って頂戴。貴女は、私が選ばなかったもうひとつの生き方の私。応援の意味も込めて、何かしてあげたいの」


 何がいい、と問われて、リラの思考は別の事柄に向かっていた。

 こういう会話を、前にもしたことがあるような気がする。

 そのときは、自分が決める側じゃなくて、何が欲しいかを尋ねていて――


「あっ」

「何か、思いついた?」

「あ、いえ、実は――……」


 リラは、旅の中でアルと同じようなやり取りをしたことを思い出し、それをネニアに語った。ネニアはそれを聞いてクスクス笑い、柔らかなまなざしでリラを見た。


「なるほどね。私は貴女に何か贈り物を選んで欲しいと思っていたけれど、貴女はアルさんに何か贈り物を選んで欲しいと思っていたのね」

「はい。でも、アルさんったら、あのときもあれ以降も、何も欲しいって言わないんです。私も今の今まで忘れてしまっていましたけど――」


 あ、とリラは閃きを覚えた。


「ネニアさん、私に協力していただけませんか」

「アルさんへのプレゼントをどうするかということ?」

「はい。私、そういうことにとんと疎くて……でも、ネニアさんはおしゃれだし、大人だから、きっと色々なアイディアを持っているような気がして。相談に乗ってくれるだけで構いません。代金は、ちゃんと自分が出しますから」


 ふむ、とネニアは腕を組み、あらためて口を開く。


「そんなことでいいの? 私はこの街のことは熟知しているし、それなりに蓄えもあるから、大抵のものはプレゼント出来ると思うわよ」

「いえ、私のものは要りません。それより、私、アルさんに贈り物をしてガッカリされたくないんです」


 リラの真剣なまなざしに、ネニアは遠い昔に置いてきた青い情熱を感じて苦笑し、頷いてみせた。


「わかったわ。それじゃあ、少し街を歩きましょうか。貴女と彼のことを色々聞かせてもらって、その中で思いついたものを挙げていくわ」


 夕方、リラは宿に戻るなり、まっすぐアルの部屋へと向かった。

 すぅ、と息を吸って、緊張しながら扉をノックする。


「――リラ。帰ってきてたのか」

「はい。それで、アルさんに渡す物がありまして」

「俺に?」


 リラが差し出した包みは、酒瓶ほどの大きさだった。それを両手で受け取り、アルはその重さに首を傾げた。予想よりも軽い。


「開けても?」


 リラが頷くのを見て、アルは包みを丁寧に開ける。

 中から出てきたのは、腕甲だった。美しい銀色の光沢に、赤い石で細かな装飾が施されている。


「これは――?」

「真銀という稀少な金属で出来ていて、ちょっとやそっとでは傷一つつかないそうです」

「そういえば、ここは工芸都市だったな。質の高い武具の類が多いという話だったが、なぜ俺にこれを?」

「ペリスの街でした約束、覚えてますか?」


 アルが首を傾げるのを見て、リラは表情を険しくさせた。もっとも、リラ自身も忘れていたのだから、文句を言うわけにはいかないのだが。

 しかしどうやらアルはリラの表情に危機を感じたらしく、焦った表情で必死に思考を巡らせているようだった。そして、一分程が経って、ようやく口を開いた。


「俺が何か選んで贈り物をしてもらう、という話だな」

「はい。でも、アルさんが何も選ぼうとしないので、勝手に選んできました」

「なるほどな」


 頷きながら、アルは内心で首を傾げていた。

 なぜ、コレなのだろう。

 確かに、自分は防具の類をほとんど身につけていない。それは、旅の中では身軽にしておくことを優先したいからでもあり、自分の技量から言って防具が必要になるような場面がほぼないからだ。


「左につけてくださいね」

「左」

「はい」

「理由を聞いてもいいか」

「それは、その……アルさんがコルヌの都に来たとき、左腕を負傷していたからです」


 ああ、とアルは言葉を紡ぐ。


「そんなこともあったな。だが、あれはキマイラを討伐したと思った直後、油断したモディをかばって負った傷で、あれ以降は別に何も――」

「そうじゃなくて、だから――……」


 リラの顔が赤くなっていく。

 アルは自分の察しの悪さを自覚しながらも、リラの言葉を待つしかなかった。


「わ、私とアルさんが出会ったきっかけというか、それを癒したことで繋がりを持てたというか、それを身につけていたら私のことを思い出せるというか、つまり、その――……」


 しどろもどろになりながら、リラは、結局、ネニアに仕込まれたセリフを口にするしかないのだと悟った。


「わ、私だと思って着けてください!」


 言うなり、リラは素早く踵を返して勢いよく自室へと入って行ってしまった。

 アルは手の中の腕甲を見た。

 真銀という素材は、聞いたことがある。稀少価値で言えば霊銀を遥かに凌ぐ鉱物で、それで指輪をこしらえられるのは上流の貴族くらいだと耳にした。ということは、薄く伸ばしているとはいえ、前腕をほぼ一周させられるほどのこの腕甲の価値は、とてつもない金額になるはずだ。

 リラの懐はそんなに潤っていただろうか。いや、おそらく、ネニアが用立てしてくれたのだろう。二人の間で何か重大なことがあり、リラがこれほどのものをねだっても許されたということか。

 赤い石の装飾は、自分の瞳や髪の色に合わせてリラが選んでくれたからに違いない。自分は約束自体を忘れていたのに、まさかこれほど価値のあるものを贈られてしまうとは。

 アルは部屋の中へ戻り、机に腕甲を置き、しばらくの間、嬉しそうにそれを眺めていた。

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