第百二十一話 難敵がいる
頑丈な小屋でしっかりと休養を取り、一行は一夜を明かした。
テスタとトリステスは、ランケアとサギッタに対してそれなりに警戒心を働かせていたらしく、交互に見張りの番をしてくれていたのだとアルがリラに教えた。
「寝不足になったりしないんですか」
「慣れているからな。トリステスも同様だろう。おそらく、これまでの旅の中でも、一人で短い睡眠と覚醒を繰り返してきていると思うぞ。まったく、素晴らしい技量の持ち主だよ、彼女は」
それを聞いたリラは、自分がちょうど食事を担当していたこともあって、トリステスの取り分を少し多くしたのだった。
「今日の動き方についてだが」
アルが口を開いた。
「この山小屋を起点に、周辺の魔物を狩り続けるというのが一つ。さらに上へ行き、大発生によって出現したであろう難敵を仕留めるというのが一つ。どちらかを選ぼうと思う」
「難敵がいるって保証はあるのかい?」
サギッタの問いに、アルは深く頷いた。
「間違いない。以前、俺達は別の場所で同じような事象に遭遇し、そこではドラゴンとカトブレパスが出現していた。スティーリア氷山が揺れるほどの局所的な地震が発生していたというのなら、ここにも何かが居ると考えていいはずだ」
「何が居るかは分からないんかい? そっちの娘さんの知識でも」
「大聖堂の記録では、自然現象と大発生が密接に関わっていることは明らかだとされていましたが、出現する魔物の法則性などは特に……そういう視点で調べれば何か分かるかもしれませんが、現時点では、ちょっと」
「なるほどねぇ。ま、俺っち達の口伝でも、後になって間違いだったと分かったことも多いしなぁ、どうするよ、ランケア」
「稼ぎとしてはここまでで上々ではあるけども――」
ランケアがサギッタと目を合わせ、互いに笑って頷いた。
「せっかくの大仕事だ。上まで行ってみようじゃん」
「皆も、それで相違ないか」
アルが確認すると、それぞれがはっきりと頷いて応えた。
各自が装備を確認し、山小屋を出るところで、リラがアルに近寄った。
「アルさん、元々上まで行くつもりでしたよね」
「まぁな」
「それなら、どうしてわざわざ――」
「ランケアとサギッタは、市長に頼まれて俺達に同行したと言っていただろう。ネニアとしては魔晶石の入手方法を俺達に学ばせるために同行させたのだろうから、既に彼らは使命を果たしたと言って差し支えない。これ以上、危険に身を投じる必要はないと思ったんだ」
「あの二人が別の道を選んだら、私達だけで上に行くつもりだった、ということですか」
アルが頷く。
「だが、彼らを見くびっていたようだ。高い志の持ち主だったな」
「その内、ロクス・ソルスの王子として声をかける機会がありそうですか?」
リラが笑って言うと、アルは驚きの表情を浮かべた。魔物狩り達を傭兵として招くという案が浮かんではいたが、話してはいない。そもそも、ロクス・ソルスの王子であるという身分が関係者以外に悟られないように、注意は怠っていないはずだ。
「どうして分かった?」
「なんとなくです。でも、アルさんって、結構顔に出やすいタイプだと思いますよ。私、だんだん分かってきた気がします」
そう言って先に山小屋を出て行ったリラの背中を追いかけながら、アルは妙な照れくささを覚えて頬を掻いた。
麓以上に足場が悪くなる、道とも言えない道を進む。
幸いにして天候は穏やかだったが、そのせいで魔物達と互いに視認できてしまい、戦闘は散発した。
魔晶石の生成に成功と失敗をしながら、一行は山を登り、やがて、ぽっかりと口を開けた洞に辿り着いた。
それを見たランケアとサギッタは、不安げに互いを見合い、同時に首を振った。
「おかしいぞ、こりゃ。山の途中にこんな穴があるなんて」
「前に登ったのは、半年くらい前か? あのときは、絶対に無かったよな」
リラは、その洞穴の奥から出てくる空気の中に、肌を刺す冷気と肌を粟立たせる瘴気が含まれているのを感じた。
隣を見上げると、アルの表情も一段と険しくなっている。危険を察知しているのだろう。
「この中に大物が居るのは間違いなかろうな。久しく忘れていた、獣特有の威圧感を感じる」
「同感だわ。以前退治した多頭蛇に似ている気もする」
一行に訪れた沈黙の中で、リラは必死に知識の引き出しをひっくり返していた。
寒冷地で、強い力を持つ魔物には、どんなものがいただろうか。漠然とした情報しかない現状では、とても見当をつけられそうにない。せめて、多頭蛇のときのように特徴的な何かがあればいいのだが。
「トリステスさん、何か聞こえますか?」
「……いえ。気配ははっきりと感じるけれど、音として特別なものは特に――ううん、待って。これは――寝息、かしら。衣擦れのような音も混じっている気が……なんだか、人の生活音と同じような音に聞こえるわ」
そう言って、トリステスはテスタの方を見た。
「そう言われると、そう聞こえなくもないな。例えるなら、巨人が鼻を詰まらせていびきをかいているような――」
「氷冠巨人!」
リラが声を上げた。