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第百二十話 商売敵

「私が見ていて感じたのは――」


 トリステスが口元に手を当てて、思考を辿りながら言葉を紡いでいく。


「随分と効率の悪い殺し方をする、ということね」

「効率の悪い?」

「ええ。だって、例えば私とリラが戦うとなったら、リラは私のどこを狙う?」

「勝ち目がないので逃げたいところですけど、どうしてもとなったら――腕、ですかね」


 恐る恐るリラが言うと、トリステスは小さく頷いた。


「私も、互角以上の相手と戦うなら同じように考えるわ。つまり、相手の戦力を削ぐということをね。でも、彼らは梟熊オウルベアを相手取ったときに、脇や腹といった、痛痒が大きくは与えられない部位を攻めていたの。私達が脚の腱を真っ先に狙ったのとは対照的でしょう?」

「それこそが答えなのかもしれんぞ」


 三人の視線が先を促す。


「魔物の力を削がないように仕留めているのかもしれん。その魔晶石というのが、言わば、そうだな……魔物のそのものが結晶化した物、と仮定すると、筋が通るのではないか」


 なるほどな、とアルが頷く。


「一理あるかもしれない。論より証拠という言葉もある。次の相手で試してみよう」

「普段と違う戦い方をして不覚をとらないようにね。瘴疽はリラがいるからどうにかなるとして、負傷した者を担いで下山するのはかなり危険だから」


 あと少しで山小屋の場所――という地点で現れたのは、三体の雪鬼イエティだった。太く真っ白い体毛に全身を覆われた巨大な体で、目を血走らせて向かってくる。


「二人一組でかかれ!」


 細かな指示を出すより早く、ランケアとサギッタが一体を引きはがして距離をとった。テスタとトリステスが反対側に位置取り、一体を引きつける。


「リラ、こいつの特性は?」

雪鬼イエティは、巨体に宿る怪力も脅威ですが、それ以上に、体内に貯めこんだ冷気を吐息として吐き出すという特徴があります! 私の歌で冷気への耐性はある程度備わっているはずですが、過信しないでください!」

「承知!」


 アルは雪を蹴って飛び上がり、その勢いで魔物の頭部に斬撃を見舞った。名工の剣の一撃は、雪鬼イエティの目を一瞬で割き、大きく仰け反らせた。さらにアルは着地と同時に、切っ先を魔物の後頭部へと突き立てた。

 リラが一歩も動く間もなく、魔物は絶命したらしかった。


「さて、仮にこいつの力の源とやらが胸部にあるとしたら、これで――」

「あっ――アルさん、見てください!」


 雪鬼イエティが大きく開いたままの口から、真っ白い蒸気が漏れだした。見ていると、靄は次第に色を増していき、輪郭を伴い始めたかと思うと、音もなく透明な石が出来上がっていた。


「魔晶石ですよ!」

「当たりだな。魔物の力の源を損なわないようにしつつ、命を断つ。それが、魔晶石獲得の手段だ」

「魔物狩りの方々は、知識としてどこを狙うべきか、いえ、狙わないべきかを伝え続けているんでしょうね。それで、安定して魔晶石を手に入れることが出来ている」


 アルが周囲に目を向けると、トリステスとテスタの二人も雪鬼イエティを倒し終わってはいたが、魔晶石は生成させられなかったようだ。実際、アルもリラの知識があったから狙うべき箇所が限定できたが、何も知らなければ胴体を裂いていたに違いない。

 魔物狩りの二人はやや苦戦していたらしく、アル達が加勢しようと近付いたところで倒しきることに成功していた。それでも、終わってみれば魔晶石を手にしている。


「おや、その様子だと、コツを掴んじまったみたいだね。だが、よく奴等のポイントが胸元にあると分かったね」


 リラのおかげだ、とアルが言うと、魔物狩りの視線が聖女へと向いた。


「ステラ・ミラの大聖堂にはたくさんの書物が保管されていて、一通り目は通したので。魔物に関する知識が必要になってからは、特に足を運びましたし」


 金鹿聖騎士団での苦難の日々がこうして繋がっていることは、素直に喜んでいいだろうな、とリラは思った。


「商売敵がまた一人増えちまったってわけだ」

「すまないな」


 アルが真面目に答えると、二人の狩人は声を上げて笑った。


「なぁに、目的が何であれ、魔物が減るのはいいことさ。そもそも、おいら達の御先祖だって、元々魔晶石をかき集めて生計を立ててたわけじゃない。初めは単純に里の作物を守るために魔物を倒して回ってたって話だからね」

「そうなのか」

「それに、幸か不幸か、瘴気があちこちで増え続けている以上、魔物は狩らなきゃならないし、当面は霊銀薬もまだまだ必要だ。俺っち達の仕事がなくなることもないだろうな」


 複雑な表情で笑うサギッタに、アルも苦笑して同意した。彼の言う通り、大陸中で瘴気絡みの異変が各地で起きているのは事実だから、魔物に対抗できる魔物狩りの価値が消えることはないだろう。ロクス・ソルスの窮状を思えば、戦闘能力の高い彼ら魔物狩りを招いて雇うという手段だって考えられる。


「さあ、山小屋はすぐそこだ。今日は随分稼いだから、勘定するのが楽しみだよ」


 ランケアが、どっしりと重そうな革袋を掲げて、白い歯を光らせた。

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