第十二話 調子が良かったのは
「八だ」
「なら、またオレの勝ちだなぁ。十一」
悔しがるアルに、ベルムが笑みを浮かべている。
それを見ているトリステスは呆れ顔だ。
「またやってるわ」
「二人は何を?」
「倒した魔物の数を競っているの。今日みたいな小物が相手では、大剣を扱うベルムの方が有利だというのに。そもそも、私はアルが最前線に出ること自体どうかと思っているのだけれど」
「これはお姉さんに言いつけた方がよさそうですね」
まったくだわ、とトリステスが笑う。
そこに、小鬼の屍を見て回っていたモディが、戻ってくるなり肩をすくめて言った。
「喜ぶべきか悲しむべきか。連中、随分とアレコレ持ってたわね。規模もそれなりで、襲撃も手慣れた様子だったから予想はしてたけど……今までにかなりの旅人が犠牲になってたっぽいわ。どこかにアジトを持ってるってわけじゃなくて、各地を転々としながら人間を襲ってたんでしょうね」
「これから立ち寄るデンスの街の住人の物もあるかもしれないな。個人が特定できる品々は丁重に持参し、そうでない金品は有効に使わせてもらおう」
アルが剣を収めながら、それにしても、と続けた。
「妙に調子が良かったのは、俺だけか?」
「あれ、アルも? あたしもかなり感覚が良かったのよねー」
「なんだ、オレだけじゃなかったのか」
「ふむ……」
四人の視線がリラに注がれた。
「な、なんでしょうか」
「リラの歌の力は浄化に限らないのかもしれないな、という話さ」
「と言いますと?」
「能力を強化するような、そういう作用もあるんじゃないかって話。都で一緒に演奏してた時もそんな風な気はしてたんだけど、戦ってみてよりはっきりした、って感じかな」
「さらに言えば、瘴気に対する防護のような効果もある気がしたわ。魔物がこちらに向かって来るのを躊躇するようなそぶりを見せた瞬間が何度もあったから」
はぁ、とリラは気のない声を出すので精いっぱいだった。自分の歌に浄化の力が込められている、ということすらいまだに半信半疑なのに、その上、さらに他の効果も発揮するなどということがあるのだろうか。
「間違いないぜ。なんたって、リラが楽団に入ってからというもの、深酒しても翌日に残らなくなったからな!」
「だからって飲みすぎなのよ、アンタは。また楽団としての活動費をちょろまかして酒代にしたら、今度こそタダじゃおかないからね!」
「なんにせよ、リラの歌の力の真価はまだまだ明らかになっていないかもしれないということね」
「それはいいな。旅の楽しみがあって何よりじゃないか。もしかしたら、さらに別の力を秘めているかもしれないぞ」
「あ、あんまりプレッシャーをかけないでください……」
殺伐とした戦いの直後だというのに、草原は笑い声に包まれた。
「マジだるい!」
コルヌの都の中心、聖騎士団が詰める訓練場に、金鹿聖騎士団団長ファルサの怒号が飛んだ。
彼女の眼前に居るのは、部下である十人の騎士達。彼らは控える遠征に向けて、仕上げとなる訓練を終えたところだった。
「せっかく新たな専属聖女を迎え入れたっていうのに、受け入れる側のアンタらの動きは何なの!? ウザイ、ダサイ、ダルイ!!」
それほど剣を扱えるわけではないファルサの目から見ても、部下達の動きは目に見えて悪くなっていた。
槍は取りこぼす。
コンビネーションはぎこちない。
回避はもつれる。
これまでに見せたことのない不甲斐なさに、ファルサは激昂し、ついには訓練用の剣ではなく腰の真剣を抜き放っていた。
白刃をきらめかせて、騎士団長が団員の一人を睨む。
「なんで、ついこの間まで出来ていた動きをしないの? ナメてんの?」
申し訳ありません、と悲壮な声を出した騎士は、それ以上何も言わなかった。何も思い当たることがなく、自分自身戸惑っているといった具合のようだ。
チッ、と聞こえるように舌打ちをして、金髪の騎士団長は剣の先を一人一人に向けていく。
「アンタらがこんな体たらくじゃ、せっかく評価を上げる体制になったって無駄になるだけじゃん。そうならないように、陽が落ちるまで各自鍛錬に励みなさいよ。以上、解散ッ!!」
ファルサの号令で、直立の姿勢だった騎士達が各々鍛錬場へと戻っていく。
「ったく……新たな専属のインユリアが、あの『半聖女』みたいに訓練にまで顔を出すようなタイプでなくてよかったってトコね」
白刃を鞘に納めながら、ファルサは大きく息を吐いた。
足手まといで口うるさいだけの専属聖女をようやく追放できたのだ。さらに、既に実績のある聖女を招き入れることにも成功した。うまくいけば、聖騎士団の中で最も功績を上げ、騎士団内序列を第一位にすることも出来るかもしれない。田舎の貧乏人達がどうなろうと知ったことではないが、自分の評価が高まるのに悪い気はしない。
そういえば、女性で騎士団内序列が一位になった前例もないはずだ。既に女性初の聖騎士団長という名声は得たが、栄誉が増えるのはいいことだ。ゆくゆくは女将軍、さらには王妃などということもあり得るかもしれない。
「そこ! 槍の持ち手が甘いんじゃないの、このグズッ!」
鋭い声がこだました。