第百十九話 何が違うんだろう
リラ達一行が、魔物狩りに先んじて氷山へ向かって二日目。
彼らに声をかけてきた者達がいた。
「おいらはランケア。見ての通り、槍使いだ。んで、こっちは相棒の弓使いサギッタ」
「魔物狩りさん、ですか」
リラがすごすごと尋ねると、ランケアと名乗った男は親指を立てて応えた。明るい茶色の髪は中心部だけを残して両側を刈り上げるという独特のヘアスタイルをしており、彼の威勢のよさを象徴しているかのようだった。相棒の方も、濃い茶色の髪を勢いよく逆立てていて、いかにも二人で組んで動いているという感じだった。
「我らが市長殿に、あんたらが先行したって話を聞いてな。急いできたんだが、ようやく追いついたぜ。迷惑じゃなければ、一緒に山登りさせちゃくれないか」
「俺達は構わないが、魔物狩りというのは秘密主義なのではないのか? 魔晶石の生成方法を俺達に見られることになると思うが」
アルが疑問を述べると、サギッタの方が口を開いた。
「あんたら、街の人達の瘴疽を癒してくれてたんだろ? しかも、無償で。その恩に報いるってのは、魔物狩りである前に人として当然のことだからな」
それに、とサギッタは続ける。
「ネニアさんは、俺達魔物狩りの名誉回復、地位向上、生活安泰のために長年苦労してくれた人だ。あの人に、出来るなら協力してあげて欲しいと言われちまったら、断るのは難しいってもんでね」
「そういえば、かつてそなたら魔物狩りは、家を持たぬ浮浪者、野を駆けずり回る野蛮な狩人という評を成されていたな。それが変わったのは、確かにあのネニアという女丈夫が市長になってからのことか」
「そういうこと。俺っちもランケアも、あの人が魔物狩りのために東奔西走してくれてたってのを両親から聞かされて育った。だから、返せる分の恩は返さなくっちゃな」
ただし、と今度はランケアが口を挟んだ。
「おいら達も魔物狩りの端くれだ。さすがに、ペラペラと魔晶石の出し方をレクチャーしてやるってわけにはいかない。戦いながら観察して、勝手に学習してくれる分には構わないから、それで勘弁してくれな」
「ああ、それで十分だ。助太刀に感謝する」
アル達もそれぞれ名乗り、即席でリラが短い歌を歌った。
「戦う前に歌を歌うってのが、ロクス・ソルスの流儀なのかね」
「でも、さっき、リラって娘はステラ・ミラの出だって言ってたような」
「妙だな、急に体がポカポカしてきたぞ。足を止めてたってのに」
「さぁ、準備は出来たな。進むとしよう」
思いがけない仲間を迎え入れて、総勢六人となった戦士達は麓から山の頂を目指して進み始めた。
二人はかなりの手練れだった。
テスタは二人の戦いぶりを見て、彼らが魔物との戦いに特化した戦法を身に着けていることに言及した。また、リラはかつて聖騎士団の勇士達がやっていたようなコンビネーションを久しぶりに見て、懐かしさと頼もしさを感じていた。
一方で、アルは首を傾げていた。
「まただ」
「魔晶石、出てますね……」
今しがた討伐した梟熊が事切れて、体が朽ち始めると、ほどなく透明な結晶がそこに現れたのである。
アルは自分が止めを刺した、同様の魔物の屍を見下ろす。
「何が違うんだろうな。むしろ、手際で言えばこちらの方が早いくらいだ」
「トリステスさんとテスタさんが魔物の腱を狙って無力化して、アルさんが止めを刺す――私の出る幕がないくらい、速攻ですよね」
「時間の問題なんだろうか。だが、彼らもすべての魔物に時間をかけているわけじゃない。にも関わらず、魔晶石を獲得している場面もあった」
「焦らずに行きましょう。幸か不幸か、山はまだまだ続いてますから」
ランケアが、中腹に山小屋が林立する休憩場所があるという情報を伝え、一行はひとまずそこを目指してさらに氷山を登っていく。
魔物は群れをなすものが減り、代わりに体が大きく強力な個体が現れ始めた。リラとアルは、かつてワリスの谷でカトブレパスとドラゴンが同時に出現していたことを思い出し、それを仲間達に伝えた。
「カトブレパスか。そりゃ難儀だったな」
「そうでもありませんでしたよ。私は役に立ちませんでしたけど、アルさんは一度も相手に触れられずに最後まで戦ってましたから」
「あ~、違う、違う。そうじゃなくて、カトブレパスから魔晶石を得るのが難しいって話さ」
リラとアルが首を傾げると、ランケアとサギッタはにやりと笑った。
「あんまり喋ってると口が滑りそうだから、この辺にしとこう」
二人が離れてから、アルとリラは顔を見合わせた。
「まるで謎々だな。今の口ぶりでは、ドラゴンは魔晶石を手に入れやすく、カトブレパスはそうではないということなのか」
「あの時って確か……ドラゴンは、ムスケル様が時間を稼いで、私の歌の影響を受けて弱体化したところを、騎士の皆さんが槍で突いてやっつけたんですよね。カトブレパスの方は、アルさんが全身をなます切りにして、最後は頭部を一突きにして倒した」
「トリステスとテスタの意見も聞いてみるか」