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第百十六話 容姿はもちろんのこと

 工芸都市ギプスム――

 テラ・メリタ共和国の北部に位置する、四大都市のひとつ。東に聳えるスティーリア氷山の裾野は、隣国ロクス・ソルスに跨って広がっている。その下に広げられた坑道からは、霊銀こそ産出されないものの、良質な鉄鉱石や希少な鉱物が多数得られる。両国の優れた武具や美しい装飾品は、その恵みによった。


「ようこそ、工芸都市ギプスムへ。私が市長のネニアよ」


 銀色といってもいいほどに艶のあるグレーのロングヘアを手で梳かしながら、女性は落ち着いた口調で言った。

 リラ達が市長の館を訪れて案内状を見せると、すぐに応接間へと案内され、ほとんど間を置かずにネニアも現れたのだった。

 応接間は革張りのソファに木製のテーブルが置かれていたが、どちらも相当な年季が入っていて、よくみるとあちこちに細かい傷がついていた。


「筆不精なオーウォのお坊ちゃまがわざわざ書状まで用意するだなんて、余程の事情があるのかしら」


 そう言って、ネニアは穏やかな瞳で案内状に目を通していく。

 リラはその間、何気なく彼女の服装を見ていた。控えめに輝くイヤリング、ピシッと採寸されたグレーの上下、美しい質感の黒い手袋。そういえば、ステラ・ミラの貴族は手袋をはめている人が多かった。ロクス・ソルスに着く前に、自分も少しくらいおしゃれな衣装を用意した方がいいんだろうか。

 書面に目を通し終わったらしいネニアが、アルをじっと見る。


「ロクス・ソルスからいらっしゃった」

「はい」

「旅の目的は、大陸を蝕む瘴気を打ち払うこと」

「はい」

「そして、この街を訪れた理由は、魔晶石について知るため」

「はい」


 微笑みを称えていたネニアが、表情を曇らせた。


「困ったわね。これは、魔晶石についての情報を提供しなければ、そちらのお嬢さんの浄化の力を借りることは出来ないということなのかしら」

「違います」


 相手が言い終わるよりも早く、リラは言葉を紡いだ。


「魔晶石のことを知りたいとは思っていますが、瘴疽に苦しんでいる人がいるのなら、すぐに癒してあげたい、いえ、浄化させてほしいです。そのために、私はこの音楽団に入ったんです」


 リラの勢いに、ネニアはふふと笑って口元に手を当てた。


「手紙の通りね。リラという名の聖女は、容姿はもちろんのこと、その心根が美しいと。街に到着するや、浄化のための行動を起こそうとするに相違ない、と書かれていたわ」


 リラは、自分の顔が熱くなるのを感じながらさらに言葉を紡いだ。


「北に近付くにつれて瘴気の被害は増えるだろうと予想はしてました。重篤な瘴疽の患者がいるのなら、すぐにでもお手伝いさせてください」

「――とおっしゃっているけれど、お仲間の皆さんとしてはどうなのかしら」


 ネニアが優しい瞳でそれぞれに写していく。誰もが大きく頷いて応えるのを見て、女性市長は納得したように一度頷き、リラに向き直った。


「それでは、ご厚意に甘えさせてもらうわ。命に係わるほどの瘴疽に関わっている者には霊銀薬を使って事なきを得ているの。でも、限りがあるために、そこまでではない瘴疽患者達には忍耐を強いているのが現状よ」

「出来れば効率よく浄化していきたいんですが、地図か何か貸してもらえますか?」


 ネニアは秘書に街の地図を用意させ、そこにいくつもの印を、色を分けながらマークしていった。


「赤黄青の順に瘴疽の重症度を分けたわ。もっとも、赤といっても命に係わるほどの重症度ではないけれど」


 それを見たアルが驚きの声を上げる。


「この街で瘴疽に罹っている者すべてを把握しているのか」

「当然のことでしょう。それが、街を取り仕切る者の務めだもの。漏れはないと思うけれど、念のため、浄化してあげた人から近所の状況を確かめてくれると助かるわ」


 でも、とネニアが続ける。


「少なくとも百人近くの患者がいる。聖女の浄化というのを詳しくは知らないのだけど、そんなにたくさんの人を浄化していけるものなの?」

「私は出来ます」


 自信たっぷりに言い切るリラの様子に、ネニアは深く頭を下げた。


「それでは、お願いするわ。街の人達の痛みを取り除いてあげて」


 旅の荷物は市庁舎で預かってもらうことになり、一行は演奏の準備をして通りに出た。リュート二本に横笛が二本という、これまでとは違う出で立ちだ。


「道中で練習してきたとはいえ、人に聞かせるのは何十年ぶりになるやら」

「元々お貴族様だったのだから、人前で何かするのは慣れっこの筈でしょう、おじいさん」

「そうさな。武器の扱いばかりが器用な小娘よりは上手く吹いて進ぜよう」


 バチバチと火花を散らすようににらみ合う二人の姿に、リラは苦笑した。いがみ合うような会話をすることは多いが、不思議とそこに敵意や害意は感じられなくなってきた。意外とウマが合っているように見えるのは、お互いに少なからず敬意を抱いているからなのだろう。


「何を歌いましょうか」

「あの女性市長殿に敬意を払って、『アマリリス』はどうだ」


 口火を切ったのはテスタだった。


「どうして、その曲が市長さんに敬意を払うことになるんですか?」

「アマリリスの花は、古来より強い女性を表すものとして使われてきたからだ。人に贈れば、相手の誇り高さや魅力を褒めたたえているというメッセージになる」

「よし、それでいこう」


――

華やかな姿、風に揺れる

誇り高く、世界を彩る

咲くたびに 心を打つ

美しさが 溢れ出る


強さを持ち 逞しく輝く

太陽のように 光り輝く

誰もが見とれる その魅力

ただただ感嘆する その誇り


彼女は 羽ばたける

嵐にも負けず その美しさ

自らを愛し 誰よりも強く

この世界で ただ一つの

――

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