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第百十五話 信じがたい話

 ファルサは一瞬だけためらってから、はっきりと答える。


「強者です」

「結構、結構。では、あらためて自分の胸に手を当ててみなさい。君は、何を望む人間なのかな?」


 自分の心の鎧が剝がされた感覚だ。さすがは法王の座にある論客といったところか。半ば酔っているような感覚になりながら、自分の望みはなんだろうとファルサは考え始めた。


「序列最高位の騎士」

「それだけかね」

「女性初の将軍」

「その程度かね。遠慮をする必要はない。君は選ばれし者だ」

「ウチは――」

「特権を行使することを恐れるな。さぁ、正直になりなさい」


 心に沸き上がった光景は、幼少の頃に一度だけ足を踏み入れた、王宮の玉座の間だった。自分の夢の原風景は、あれだった。


「……ウチは、玉座に座りたい。幼い頃に謁見の間で見た、あの立派な椅子。そう――ウチは、今よりもっと上に行きたいの。だって、王冠があれば、なんでも許されるんだもの」

「よろしい。やはり君は、吾輩が思った通りの人物だった。近々、もう一度話をしよう。次に会うときは、もう少し踏み込んだ話をしようじゃないか」




 ファルサが法王の執務室を訪れている頃、コルヌの都の隅の居酒屋で声を潜めて話す者達がいた。

 一人は、桃熊聖騎士団専属の聖女にしてリラの親友ラエティティアだった。太陽色の髪にはフードがかかり、着ている服も、いつもの純白のローブではなく、こげ茶色のくすんだローブだ。

 対面して座っているのは、ふたりの青年――リラとともに金鹿聖騎士団に在籍しながら後日自主退団に追い込まれた若き騎士マエロルと、そして今なお歯を食いしばって籍を置き続けているラティオだ。

 客の入りはまばらで、そのくせ調理器具がやかましく音を立て続けているために、どこでどんな会話がなされているのか、どれだけ耳の良い人間でも聞き分けることは困難な空間だった。


「ラエティティア殿が言っていた通りでしたよ。ファルサ団長は宿舎を出て、まっすぐ大聖堂へと向かいました」

「うん――よし、これでだいぶ繋がってきた」


 一人満足げに頷くラエティティアに、二人の若者は同時に首を傾げた。


「そろそろ教えてください。ラエティティア殿は、一体何を探っておられるのですか。団長とインユリア殿の様子を監視させられたり、度々宿舎を抜けてこうして報告をさせられたり……敬愛していたリラ殿のためだと言われて耐え忍んでいますが、心が擦り減る一方です」

「そうっスよ。ヴィア様づてに叔父上――ウィルトゥス卿を頼って、退団した俺にまで助力を求めるなんて、よっぽどの悪だくみっスよね。団長の部屋に忍び込んで大聖堂の封蝋がついた書簡があるのを確認させられたのは、さすがに生きた心地がしませんでしたっスよ」


 太陽色の髪の聖女が、懐から一枚の羊皮紙を用心深く取り出しながら声を潜める。


「悪だくみしてんのはボクじゃなくて向こうの方だよ。ほら、これ見て」

「これは……目録っスか。大聖堂から金鹿聖騎士団に送られた支援物資っスね」

「ボクは大聖堂では顔が利くからね。仲良くしてる事務官にお願いして、内緒で借りてきたんだ。それを見ると、テラ・メリタから取り寄せて、ペリスの街を経由して一度大聖堂に保管された後、定期的に金鹿聖騎士団へと送られてる物があるんだ。大きさは、中くらいの木箱一つ分。ラティオさんはこの中身が何か知ってる?」


 金髪の青年は一通りの記憶を辿ってから、ふるふると首を横に振った。


「いえ、詳細は――厳重に封をされていて、団員は誰も中を見たことがありません。ただ、すべてインユリア殿が管理しているのは確かです」

「やっぱりね。これで分かった」


 また満足そうに頷いたものの、ラエティティアの表情は笑顔ではなかった。複雑な感情をそのまま顔に出したような、そんな表情だ。


「インユリアさんは、霊銀薬で浄化をしてる」

「聖女が霊銀薬で? そんなことが――」

「ほら」

「なんスか、この石――重っ」

「霊銀」

「れっ――」


 大きな声を出しそうになったマエロルの口を、ラエティティアの細い指が塞ぐ。咄嗟に訪れた柔らかい感触に、青年は思わず顔を赤くした。


「金鹿騎士団行きの荷からその小さいのをくすねて、かなり調べたから間違いないよ。彼女はステラ・ミラから霊銀を取り寄せて、霊銀薬を造り、それで浄化をしてる。聖女としての力を使って浄化してるわけじゃないんだから、そりゃ、物がある限りは際限なく浄化できるよね」


 信じがたい話に眉を顰めて、ラティオが疑問を口にする。


「霊銀を密輸するなんて、そんなことが出来るんでしょうか」

「ボクにもそれが分からなかったんだ。でも、法王自ら手引きしてるとなったら、難しくないでしょ。時期の前後関係は分からないけど、ファルサ、インユリア、そしてプドルの三人はズブズブに繋がってる」

「大問題じゃないっスか」

「白日の下に晒して、罪を償わせなければ」


 ラエティティアは短く息を吐き、言葉を続けた。


「相手は法王に名門貴族、それに今を時めく聖女様だ。真正面から立ち向かったら、揉み消されて潰されちゃうよ。もっと証拠を集めた上で、タイミングも見計らわなくっちゃ」

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