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第百十四話 願い

 ステラ・ミラ聖王国の都コルヌに立つ、白壁の大聖堂、その広い廊下を、鎧を鳴らして歩く影があった。はためかせるマントには、金色の鹿が刺繍されている。


「マジうざい。なんなのよ、この建物の無駄な広さと無駄な高さは」


 何度目になるか分からないため息を吐き、ファルサは石造りの階段に足をかけた。具足をカンカン言わせながら、自分を呼びつけた相手を思い浮かべる。

 大聖堂における最高権力者、法王プドル。

 貴族の中では中の下といった家に生まれついていながら、巧みな人心掌握術によって数多くの政治的実績を残し、ついには法王の座を手中に収めた傑物だ。

 彼にまつわる話の多くは、醜聞と言って差し支えないものばかりだ。

 やれ貧乏貴族の子女の初夜を金で買い取っただの、懇意にしている貴族の領地から農民の娘を買いあさっただの、聖女への信仰心が高い市民を招き入れて無理矢理コトに及んだだの、枚挙に暇がない。

 だが、ファルサがその手の話を聞いて胸を痛めたことはない。

 当たり前のことだからだ。

 貴族社会というのは、権力を握っていればなんでも許される。実際、自分の父も多くの妾を囲っているのは知っているし、母もそれを許容しつつ、自分も宮廷芸術家の新人を若い燕にしているということも知っている。

 自分は性的な欲求が少ないのか、いまだそれを望んではいないが、望めば同じようなことは出来るのだろう。インユリアの告白を真顔で聞いていられたのもそのせいだ。

 長い階段を登りきると、陽光を受けて法王の執務室の扉が輝いていた。随分と凝った造りの扉だ。


「金鹿聖騎士団団長、ファルサ=ストゥルティです」

「おぉ、よく来た。入りなさい」


 貴族然とした礼法を守り、ファルサは入室した。


「ようこそ、ファルサ=ストゥルティ聖騎士団長。ま、かけなさい」

「はっ」

「そう固くならなくともよい。ストゥルティ卿には大恩ある身。その御息女に何か無礼を働こうものならば、吾輩はこの職を辞すどころか、この細首を切ってもらわねばならんだろう。ブウォッホッホッホ」


 貞操が守られそうなことに安堵するファルサに、プドルが続ける。


「時にインユリアはどうかね? 役に立っておるかな?」


 貴族同士の会話において、相手の方が位が高い場合は、表面的な意味だけを捉えてはならないものだ。ファルサはその経験が少ないながら、必死に思考を巡らせて正答を探した。


「我が金鹿聖騎士団において無くてはならぬ存在となっております」

「そうか、そうか。結構、結構。もうひとつ聞いておこう。彼女とは、仲良くやれておるかね?」

「仲良く、というと――」

「女同士だ。どんなことでも語り合えるような間柄が理想であろうな」


 ファルサは少しの間思考を巡らせ、はっきりと頷いた。


「彼女から相談事を打ち明けるほどには、親しくなっているかと思います」

「ほほう。結構、結構。それは素晴らしいことだ。狙い通りというべきか、予想通りというべきか」


 続けてプドルが口にしたのは、金鹿聖騎士団のこれまでの功績だった。前任の『半聖女』の頃のものではなく、インユリアが専属となってからのものがまとめられているらしい羊皮紙を読み上げていく。


「素晴らしい功績だ。特に、つい先日まで行われていたラムラ遠征で浄化した人数の多さたるや。過去、これほどまでの民を救った聖騎士団はいなかっただろう」


 ファルサの脳裏に、木の器を飲み干していく貧民達の光景が浮かぶ。


「さて、ファルサ君。君は三年程前、御父上の助力を得て聖騎士団を新設し、団長になった。そして今、こうして類まれな指揮能力を発揮させ、前代未聞の記録を打ち立てている。あらためて尋ねるが、君の願いは何かね?」


 これまでに何度も聞かれた問いだ。ファルサは散々答えて来た、求められている文言を、無感情に口から出していく。


「それはもちろん、民の幸福を――」

「吾輩の願いは、美しい女性を抱くことだ」


 プドルは続ける。


「吾輩は、その欲求を満たすために法王の座にまで上り詰めたよ。弱き民のためなどではない。結果的にそうなったことはあったかもしれんが、見据えておったのは常に己の欲望だ」


 ファルサは呆然として言葉を紡げないでいた。


「欲まみれの告白が意外だったかね。だが、御父上のストゥルティ卿と吾輩は、よくこうして本音で語り合っておるよ。だからこそ、お互いに助け合うことが出来ている。君も大人だ。よもや、君の御父上が幾人もの妾を囲っていることを知らぬわけではあるまい」

「……愛妾は貴族の嗜みですので」

「そう、その通りだ。だが、その嗜みを実行に移せるのは、限られた者だけ。いわば特権を持つ者だけだ。世の大半の者が、それに蓋をして生きる。蓋といっても色々な形がある。金か、世間体か、虚栄心か。なんにせよ、欲深いことは罪だ、悪だとのたまう。自分が弱者だと認めてしまうのが耐えられぬのだ。さて、君はどちらかな? 善良さに縋る弱者かね? それとも、特権を行使する強者かね?」

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