第百十二話 旅再開の方向性
「やり残し、って……もしかして、私の、各地で苦しむ人を浄化したいっていう――?」
「それもある。だが、現実的に、この国にいる間に確かめておきたいことがあるんだ」
リラが首を傾げると、アルは言葉を次いだ。
「魔晶石の入手方法だ。霊銀薬を造る上で欠かせない、霊銀と対を成す物質。あれを安定して確保できるようになれば、霊銀薬を造るまではいかなくとも、ロクス・ソルスにとって貴重な資源になるのは間違いない。魔物が蔓延っている状況を逆手にとってな」
「そっか。私達が手に入れたのも、ワリスの谷でドラゴンの骸からでしたもんね」
「でも、これまでに多くの魔物を土に還してきたけれど、同じような物は見なかったわよ」
トリステスの疑問にアルが頷く。
「それについては、そもそも確認をしてこなかった、ということが挙げられる。だが、それ以上に、魔晶石が出来る過程に何か条件があると考える方が自然だろうな」
「その条件を知るために、メトゥスさんの館に通っていたんですね」
あれ、とリラが閃きを得る。
「でも、ナトゥラさんに立ち会ってもらってましたよね。手っ取り早く、あの人に聞いたら教えてもらえたんじゃ――」
「お呼びですか、リラ殿」
ガチャ、という音とともに姿を見せたのは、ナトゥラ=オーウォだった。満面の笑みをリラに向けている。
「リラ殿の望みとあらば、このナトゥラ、いかなるご要望にも――」
「答えられないと言っていただろう。魔晶石の入手方法については知らないと」
視線がナトゥラに集まる。
「視線が痛いですなぁ。確かに、我がオーウォ商会は、魔晶石の生成方法について詳しくを知りません。フォルミードの一族なら、と思って私もアル殿と一緒に家探しを手伝いましたが、見つからず。本人も問いただしてきましたが、やはり知らないようでしたね。色々と試してはいたようですが」
「霊銀薬を造るのに欠かせない物質なのだから、霊銀と合わせて潤沢に数が必要なものなのでしょう。それなのに、どうやって出来るか分からない魔晶石を、どうやって調達しているの?」
トリステスが当然の疑問を口にすると、ナトゥラは苦笑しながら言葉を継いだ。
「オーウォ商会もフォルミード商会も、自分達で賄っているわけではなく、魔物狩りと称される者達から買い取っているのです」
「魔物狩り……」
聞き慣れない言葉を、リラはぽつりと復唱した。
「このテラ・メリタには騎士団がありません。都市毎に自衛のための武力を有してはいますが、ステラ・ミラ聖王国やロクス・ソルス王国のように、国単位での組織だった戦力はないのです。ゆえに、魔物を打ち倒す生業が成立します。古い時代からずっと魔物を屠り続けている狩人達、それが魔物狩りです。調べても分からない以上は、やはり、彼らに直接聞いてみるよりほかにないでしょうね」
「どこに行けばいい?」
「北の工芸都市ギプスムです。テラ・メリタという国が出来る前からそこに在ったと言われるほど古い街で、武具や装飾品の加工でも頭一つ抜けています。現在、魔物狩りの組織の本部があるのはあそこです」
アルは首を傾げた。
「現在? 以前は違ったのか?」
「元々魔物狩りというのは、個人や家族単位で活動するのが一般的だったのです。それを、現市長のネニアという女性が束ね、組織化したのですよ。その甲斐あって、落ち目だったギプスムは盛り返しました。女性としての美しさもさることながら、一角の人物として信頼できる方ですよ」
「ナトゥラ殿が信頼できる人物、か。それはまた、一癖ありそうな人物だな」
「随分ですねぇ。ま、褒め言葉として受け取っておきましょう。メトゥスとは違い、私とネニアは良識ある親交を続けていますから、書簡をしたためて進ぜますよ。明日の朝にでも届けましょう」
旅再開の方向性が定まり、三人はそれぞれに荷の準備を進めた。
夜、三人がゲンマでの最後の夕食をとってのんびりとしていると、その日何度目かになるノックの音が飛び込んできた。
「こんな夜に、誰でしょう?」
「ナトゥラが気を利かせて紹介状を持ってきてくれたかな」
「――いえ、違うわ。ノックの音がするまで、足音が聞こえなかった。今、扉の前に何者かが立っているのは確かなのに」
トリステスが懐から短剣を取り出し、構えた。それを見て、アルも中腰になり、剣の柄に手をかける。
「アル、リラの前に立っていて」
「分かった」
ふー、と息を吐いて、一拍置き、トリステスが勢いよく扉を開けた。さらに同時に、まだ姿が見えていない客の喉元へと短剣の切っ先を走らせる。
客は微動だにしないまま、その刃が寸前で止まるのをしっかりと見ていた。
「お前は――!」
老いを感じさせる白髪が風に靡く。
「テスタ、だったか……何をしに来た」
リラは緊張感をもって老兵を見つめた。
フォルミードに仮初の忠誠を示し、数多の死をもたらしながら、自らも死地を探していたという剣士。あのトリステスを捕らえ、アルとも互角に切り結んだ強者。一体、何が目的でここへ来たというのだろう。
「不躾ながら、貴方のことを探らせてもらった。その上で、恥を忍んで頼む。どうか、北国の王子に、我が剣を預かって頂きたい」