第百十一話 すぐにまた会える
メトゥス=フォルミードが捕縛され、中央都市ゲンマにはせわしない時間が流れていた。
リラは、街でいまだ瘴疽に苦しむ人々のため弾き語りを継続していた。ただし、護衛を兼ねて傍らにいたのは、アルではなくトリステスだった。
「リラを放っておいて、何を調べているのかしらね。もう、大聖堂との関わりについては明らかになっているし、これ以上必要な情報がないように思うのだけれど」
「わざわざナトゥラさんに立ち会ってもらっているみたいですから、霊銀に関する何かじゃないかとは思うんですけど……でも、きっと大切なことなんですよ」
にこにこ笑って言うリラを見て、トリステスが苦笑する。
「聞き分けがいいというか、理解があるというか――私よりも調査の方が大切なんですか、って駄々をこねるリラを見てみたい気もするわね」
「そ、そんなこと言えませんよ。だって、王子様なんですし……」
「そんな風に立場を気にしすぎた言動は控えた方がいいわよ。あまりよそよそしくしすぎると、たまりにたまった鬱積が急に爆発して、ひと月も口を利いてくれなくなったりするから」
「それって――」
「彼の姉の話。でも、気性はよく似ているから、怒り方もきっと同じだと思うわ。経験者からのアドバイス」
どうやら、トリステスは親しい姉姫の大爆発を招いたことがあるようだ。ウインクをして見せたトリステスに、リラはこくこくと何度も頷いた。
そんな日が一週間も続いた頃、ウェルサス・ポプリ音楽団の宿を四人の客が訪れた。
「ケントゥリア!」
アルは、一団の先頭に立つ短髪の男の名を明るい声で呼んだ。
「お久しぶりでございます、アルドール殿下。お元気そうで何より――いや、前より一層壮健になられましたかな。さて、ベルムの馬鹿野郎はと――」
「ここだよ、おべっか野郎。相変わらず弁ばかり立ちやがる」
罵詈雑言の応酬を見ながら、リラは二人が親しい間柄であることを察して笑って見守っていた。すると、客人がその視線に気付き、小さく首を傾げた。
「おっと、見知らぬ顔が――」
「気付くのが遅ぇんだよ。だからいつまで経っても剣が上達しねぇんだ」
再開された悪口の往復を遮って、アルが口を挟んだ。
「彼女はリラ。わけあって共に旅をしている。既に俺達の素性についても知っているから、安心してくれ。使命についても理解し、協力してくれている恩人だ。最大の敬意を払ってくれると嬉しい」
「はっ! アルドール殿下がそうおっしゃるのであれば、私にとっては王族も同然。丁重に接させていただきましょう」
「近い将来、本当にそうなっちゃうかもしれないけどね~」
「は――?」
「モディの言うことは気にするな。身重と分かってずっと体を動かしていないから、調子が出ないんだろう。それで、彼女の移送についてなんだが――……」
ケントゥリアが語った方法は、アルを充分に満足させるものだった。
「人手が不足している中、よく四人も送ってくれたな。医師も、どれだけいても足りない状況だろうに。だが、何事も注意しすぎるということはない。ベルムも加わるから安全上の問題はないと思うが、モディの身の安全を最優先にして帰国してくれ」
「はっ。それと、これは姉姫様に提案されたことなのですが、必要とあらばこのケントゥリアがベルムの馬鹿野郎に代わってお供いたしますか? 王女殿下の懐刀がいるとは言え、戦力的には――」
「いや、大丈夫だ。リラも充分魔物との戦闘で戦力になっているし、それに、旅の音楽団を装うには、お前は少々生真面目すぎるからな」
アルが苦笑したところに、ベルムが口を挟んだ。
「真面目が服着て歩いているような奴に、自由を謳歌する音楽団のフリが出来るもんかよ。お前はちゃんと騎士らしく、国に守って市民を守りやがれってんだ。お前を慕う部下が俺より十倍も多いってこと、忘れんな」
「口の減らん男だ。では、殿下、確認しますが、最優先事項はモディ殿の警護。ベルムの支援は忘れてよろしいですな」
「誰が手前ぇなんぞの支援を欲しがるかってん――」
「ああ、分かった、分かった。それじゃ、仲良くとは言わないが、トラブルは起こさないように行けよ」
一方で、リラはモディと別離の挨拶を交わしていた。
「もう、リラちゃんったら。そんなに泣かないの」
「やっぱり心配っていうか……」
「すぐにまた会えるわよ。旅はもう終盤だったんだし、ロクス・ソルスまではまっすぐ行けば一週間も要らないんだから」
「でも――私、寂しいです」
言いながら、モディは涙目になりながらトリステスを見る。
「頼んだわよ、トリステス。リラちゃんのことも、殿下のことも」
「ええ、任せて。貴女がお母さんになるまでには、きっと戻るわ」
モディを護送するための一団は、万全の準備をして東へと発って行った。それを見送りながら、リラがアルを見上げる。
「私達は、これからどうするんですか? アルさんの立場を考えると、モディさん達と一緒にロクス・ソルスに行くっていう選択肢もあったと思うんですけど」
「まだやり残しがある。それを片付けてからだ」