第十一話 幸運なこと
「始まりは、ベルムが寒村の暮らしに耐えかねて街に出たこと。そして、その街の商家にいたモディに懸想し、駆け落ち同然で一緒になったの。そこに吟遊詩人を志していたアルが加わり、私はアルの身を案じた姉君に乞われて同行することにした、という流れよ。音楽団の名にした『ウェルサス・ポプリ』は、古い言葉で「民謡」という意味で、命名したのはアル。彼は各地に残る古い民謡に興味をもっていて、それを知りたいと考えているの」
旅の中で尋ねられ、同じように応えてきたのだろうか。スラスラと語るトリステスの口調は、これまでに同じ説明を何度もしたことがあるようによどみなかった。
「ベルムさんは太鼓、モディさんは歌と指揮、アルさんはリュートで、トリステスさんは横笛……なんていうか、バランスがいいですよね」
「偶然、それぞれが得意とするものが違ったのよ。幸運なことよね。ちなみに、楽器じゃない物の扱いについても、それぞれ得意が違うのよ」
「楽器じゃない物?」
リラが首を傾げると、トリステスはローブをめくり、腰に帯びた何本もの短剣をちらりと見せた。
「私はこれ。ベルムは大剣、モディは細剣と盾、そしてアルは中剣を使うわ」
なるほど、とリラはこくこくと頷いた。
瘴気に満ちるこの世界で大陸を旅して回るということは、瘴気が形を成した者達、つまり魔物と戦う術を持っていなければならないということだ。旅の音楽団を名乗るからには、それ相応の武力があってしかるべきなのだ。
「みんなそれなりの使い手よ。だから、リラはそういう場面になったら――」
「わ、私も戦鎚が使えますっ」
鼻息を荒くしてリラが言った。
「これでも、聖騎士団に所属して三年、戦闘訓練にも参加させてもらっていました。腕の立つ騎士の皆さんには敵いませんでしたが、一応、小鬼二体を同時に相手取ったことだってあります」
「それは心強いな。ではやはり、リラを楽団に誘った俺の目は正しかったということだ」
アルはそう言って自慢げに笑い、リラを見た。金鹿聖騎士団では、自分が戦鎚を振るうたびに、ファルサ団長が眉間に皺を寄せていた。「聖女に求められるのは戦いではない」と直接言われたことも何度もある。それでも足を引っ張らないようにと鍛錬を続けてきたのは、こうして彼らと共に歩む日の為だったのかもしれない。
「頑張ります!」
使い慣れた鈍器を見せながら、リラはまた、鼻息を荒くした。
そんな一団が魔物の群れに遭遇したのは、都コルヌから南西に進んで数日後のことだった。プラティエース平原と呼ばれる一帯のほぼ中央で、夕闇を纏って飛び掛かってきたのは、三十体ほどの小鬼だった。襲撃に慣れている様子で、馬車はあっという間にぐるりと囲まれた。
「小鬼だ。多いな」
アルが荷車から飛び降り、馬車の背後に陣取る。スラリと空気を裂く金属音を鳴らして、腰から剣を抜き放った。剣は、朱色の陽光をギラリと反射させた。リラが聖騎士団で目にしてきた剣のどれよりも強い光だ。
「モディは左翼、トリステスとリラは右翼で連携を」
「任せといてっ」
「了解」
「前は任せときな!」
馬車を囲んで四方にそれぞれが構える。
「リラ」
「はっ、はい!」
「前に出ないように。攻撃はアルとベルムに任せて、私達は守備に集中よ」
「わ、わかりました」
リラは戦鎚を両手で握り、力を込めた。先端の重みに振り回されないよう、柄を短く持つ。
「オオォッ!!」
ベルムが雄叫びをあげた。直後、大きな風切り音が鳴り、続いて小鬼の濁った断末魔が響く。
悲鳴は馬車後方でも連続した。
「――四ッ! 五ッ!!」
アルが次々と、一体ずつ仕留めていっているらしい。
そちらの劣勢に怯んだか、小鬼達は馬車の左右に集まり出した。
トリステスが腕を振ると、小鬼の「ギャッ」という声が瞬間的に響く。それは何度も続いた。横目で見ると、彼女は短剣を投擲していた。一匹も近寄らせることなく、青い髪の女戦士は冷淡に魔物を絶命させていく。
襲撃からものの数分で、小鬼の群れは全滅した。
リラは一度も振るうことのなかった戦鎚を握ったまま、呆然と彼らを見る。
すごい。
聖騎士団は団長と聖女を除いて十名の騎士で構成され、二人一組での戦いを基本としていた。日々の訓練に裏打ちされたコンビネーションは、一つ目の巨人や頭が三つもある狼相手にも引けを取らなかったものだ。
だが、この楽団の面々の実力はそれ以上に思えた。敵が違うと言えばそれまでかもしれないが、素人目に見ても何かが根本的に違った。戦いも出来る音楽団、というよりも、楽器も出来る英雄達、という方がしっくりくるような気がする。
「怪我はない?」
モディが細剣に付着した黒い血を布で拭いながら近くに来た。リラはこくこくと頷く。
「トリステスさんが、敵をまるで寄せ付けなかったので」
「あら。それじゃ、得意の格闘術を出すまでもなかったってことか。ま、ゴブリンだしね」
得意の格闘術? 短剣の投擲は、彼女の本領ではないということなのか。リラは自分も戦えるとアピールしたことが急に恥ずかしくなってきてしまった。




