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第百九話 影のある笑顔

 インユリアの表情がピクリとわずかに反応を示した。


「アンタは金鹿聖騎士団の物資について、かなりの割合で管理に関わってる。最初は綺麗好きだからと言ってローブを多めに準備してる程度だったけど、次第に遠方からも頻繁に取り寄せるようになった。昨日もまた、わざわざペリスの街から木箱が一つ届いた。大方、例の薬湯に入れる何かなんでしょうけど、何がそんなに必要だっていうの?」

「先日も一緒に召し上がったではありませんか。甘ぁい炭酸水ですわ」


 聖女の視線が怪しげに光る。


「そう……それじゃ、聞き方を変えるわ。木箱の奥に隠してあったコレは何?」


 そう言ってファルサが取り出したのは、青白く光彩を放つ鉱物だった。


「気になってあらためさせてもらったのよ。なんでわざわざ、こんな石コロを運ばせてるワケ? しかも定期的に。何かに使っているにしては、その形跡もどこにもないし」

「ファルサ様」


 インユリアの顔から笑みが消えた。


「わたくし、実は、貴女様にならば正直にお話してもよいのではと思っております。ただし、この告白には、多大な覚悟が必要であることをご理解くださいまし」

「わ、分かったわよ。分かったから、とっと言いなさい」


 入団してから初めて見せた冷たい表情に、ファルサは我知らずたじろいでいた。


「その石は霊銀でございます」

「……は?」


 思わず手からこぼしそうになりながら、慌ててもうひとつの手でそれを支える。


「これが、霊銀?」

「はい」


 ファルサの頭の中で、霊銀に関する知識が波打った。

 霊銀と呼ばれる神秘の石。

 聖女の浄化の力と同様に、瘴気に対抗できる神聖な性質を持つ鉱物。

 ステラ・ミラ聖王国内においては、大聖堂がその存在に否定的で、国内で発見された場合は率先して回収している。

 テラ・メリタ共和国においては、神聖視されており、国外への輸出は固く禁じられている。


「なんでコレがここに? いや、コレを使って何を? いや――」

「わたくしは、これを使って霊銀薬を生成し、薬湯と称して患者に飲ませているのです。ゆえに、わたくし自身の浄化の力はほとんど、あるいはまったく行使せずに済む、という仕組みです」


 混乱しそうになる頭を必死にコントロールしながら、ファルサはインユリアを見る。たんたんと言葉を紡ぐその様に、罪悪感を覚えている様子はひとかけらもない。


「だから、より多くの人間を浄化できてるってコトね。そもそも、アンタの力じゃなく、霊銀薬を使ってるわけだから」

「その通りでございます。過程がどうあれ、結果的に人々が救われているのだから、なんの問題もございませんでしょう?」


 ファルサは否定する言葉が思いつかなかった。

 言われてみれば、聖女に頼らざるを得ない状況の方が歪なのだ。

 潤沢に霊銀が手に入るのであれば、必要な分の霊銀薬を生成、配布して、瘴疽を治せばいい。それが出来ないから、仕方なく聖女に頼っている。それが実際のところではないか。


「……問題はないわね」


 ファルサの反応に、インユリアは影のある笑顔を取り戻した。


「問題はないけど、疑問はあるわ。聞いてもいいかしら」

「なんなりとお答えしますわ」

「まず、どうやって霊銀を手に入れているのか、入手経路。そして、霊銀薬の造り方をどうやって知ったのか。最後に、アンタに協力しているのは一体誰なのか。何らかの後ろ盾がなければ、こんな風に危ない真似を続けることなんて出来ないはずよ。一切合切、教えてくれるんでしょうね」

「もちろんですわ。ただし、それを知るからには、わたくしの行いを認め、共に歩んでいただけるという風に解釈してよろしいでしょう?」


 淫靡な笑みを向けられ、ファルサはわずかに顔を顰め、しかし小さく頷いた。糾弾されれば断罪される可能性はある。だが、彼女を利用して得られるものを想像すると、引き下がるわけにはいかない。


「協力者は、ファルサ様もよくご存じの方ですよ」


 そう言ってインユリアはファルサが手に持ったままの封筒を指さした。


「封筒――大聖堂からの――まさか、プドル法王?」


 インユリアがこくりと頷く。


「わたくしと法王猊下は、とっても親しい間柄ですの。あの方のお力添えがあれば、霊銀を取り寄せるくらいのことはワケないのですわ」

「なるほどね。道理でペラペラとしゃべってくれたはずよね。法王様が相手となると、さすがのウチも分が悪いもの。ストゥルティ家の名前があるとはいえ、いち聖騎士団長に過ぎないウチが騒ぎ立てたところで揉み消されるのは目に見えてる。聞いた以上は一蓮托生ってことじゃない」


 ファルサが苦笑すると、インユリアは首を横に振って応えた。


「そこまでの策謀はございません。わたくしは、本当に貴女様にならお伝えしてもよいだろうと判断したのです。それが証拠に、ここまでの話を聞いてもファルサ様はわたくしの行いを否定なさいませんでした。僭越ながら、似ているのですよ、わたくしと貴女様は」

「否定はしないわ」


 腕を組み直し、ファルサは小さく頷く。


「法王自ら協力してるっていうんなら、大抵のことは出来るでしょうね。ステラ・ミラ聖王国で見つかった霊銀の横流しだって出来るでしょうし、なんならテラ・メリタの商会のどこかと裏取引しててもおかしくない」

「素晴らしい推察ですわ、ファルサ様。さらに付け加えるならば、ついでに霊銀薬の造り方と他の材料も、簡単に入手していただけましたの」

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