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第百八話 隣人の為に

「お、おれさま、は――」


 途切れ途切れに、それでも目には憎悪を燃やしながら、メトゥスが言葉を吐き出す。


「俺様、は、フォルミードだぞ……ゲンマの街の支配者、テラ・メリタの主……大陸を征服するウブッ!!」


 鼻っ柱にベルムの具足が押し込まれた。


「聞こえねぇな。もっとはっきりしゃべれ、商会長サマよぉ」

「お、れ、さ、ま、は――」

「謳ってみろ、ゴルァッッ!!」

「ベルムッ!!」


 メキッ、と骨が軋みかけたところに、モディの声が待ったをかけた。


「そこまでだよ」


 顔の穴という穴から液体を出し、メトゥスはかろうじて息を続けながら気を失っていた。


「あたし達の立場でこの男の命まで奪ったら、面倒になる。アル達なら大丈夫。目的を果たして、今に戻ってくる。それで、落ち着くべきところに落ち着くよ、きっとね」


 モディの言葉の通り、アル、リラ、そしてトリステスの三人は数分の後には帰還した。

 家の前で臥しているナトゥラを起こし、リラが直接触れて浄化を施す。


「大丈夫ですか、ナトゥラさん!」

「あぁ、いえ、まだ調子がよくなりません。リラ殿、もっと念入りに浄化をしていただけないだろうか」

「これを使え」


 アルが小瓶をナトゥラに放る。


「これは――霊銀薬?」

「念のためにメトゥスの研究室からくすねてきたものだ。遠慮せず使え」


 憮然とするナトゥラを置いて、アルは家の中へと踏み入る。そして、中の状況を見て、何が起きたのかを瞬時に察した。


「殺したのか?」

「そうしたかったのは山々なんだがな。モディに止められちまった」


 フン、と鼻息を荒くする夫を睨みながら、モディが言葉を継いだ。


「ろくでもない男の血でせっかくの借家を汚したら、若旦那に面目が立たないでしょ」

「もっともだな」


 アルが笑う。

 リラとトリステスも合流して、五人はそれぞれに何があったのかを報告し合った。トリステスはやはり詳細までは語らなかったが、誰もそれを聞き出そうとはしなかった。

 横で聞いていたナトゥラが口を開く。


「フォルミードは今日限りで力を失うでしょう。商会としての名前は残るかもしれませんが、良識ある商人達によって彼は追放されるでしょうから」

「街のほとんどがメトゥスの権威に怯えていたのだろう? 元の木阿弥になるということはないのか」

「この国の商人というのは、現実主義者でありながら信心深い者が多くてね。神聖視されている霊銀そのものを取引に使っていたと知れば、いくらメトゥス=フォルミード怖しと言えど黙ってはいません。団結して叩き潰しにかかるでしょう。それほどまでに、この国と霊銀とは密接に関わっているのです」


 ナトゥラの言った通り、街にかろうじて残っていた自浄作用は適切に働いた。大罪である霊銀の国外譲渡を理由に、手には頑丈な縄がかけられ、良識ある商人達が管理する牢獄へとすぐに運ばれていったのである。その途中、彼に恨みをもつ者達が噂を聞きつけ、通りに大挙し、私刑を望んだが、ナトゥラが身を挺してそれを止めた。


「恨む気持ちは分かります。ですが、中央都市の名を冠するゲンマの街が元の姿を取り戻すためにすべきことは、感情に任せて暴力を振るうことでしょうか。傷ついた街、病んだ人々、失われた財産。どれも、奪い壊すことでは得難いものばかりです。理性と慈しみを以って、隣人の為に行動を起こしましょう」


 もっとも敵対関係にあるはずの若きオーウォ家の当主が静かに語ると、民衆は振り上げた拳を下ろした。


「大したものね。あの場を言葉だけで収めるなんて」

「彼なら立派な為政者になれそうだ」

「そうなったら、ロクス・ソルスにいらっしゃるアルドール王子殿下とも友好な関係を結んでくれるかもしれませんね」


 悪戯っぽくリラが言うと、アルとトリステスは顔を見合わせて、声を上げて笑った。




「マジだるい」

「あらあら、そんなことをおっしゃりながらも、口元が緩んでいらっしゃいますわよ、ファルサ様」


 ステラ・ミラ聖王国の北の街ラムラで、金鹿聖騎士団を率いるふたりが暖炉の前で体を休めていた。両者とも、ほくほくと満足げな笑みを顔に浮かべている。


「コルヌの都からの書簡は、どのような内容だったのですか?」


 ファルサが手に持つ封筒には、無地で銀色の封蝋が押されていた。


「法王猊下直々のお達しよ。このひと月の偉大な業績を称えるために、是非とも一度、大聖堂に足を運んでもらいたい――だって。あのクソでかい建物の、さらに一番上に会いに来いだなんて、だるいったらありゃしないじゃない」

「ですが、いち聖騎士団長が法王の御所に召喚されるというのは前例のないことですわ」


 それが分かっているからこそファルサは口元を緩めっぱなしにしているのだと知りながら、インユリアは言った。


「まぁ、悪い気はしないわね。なんにせよ、あんたのおかげよ、インユリア」

「あら、そのようなお言葉を頂けるなんて、嬉しい限りですわ」


 フッとファルサが笑う。


「このラムラの街で、あんたは通常では考えられないほどの浄化を施し続けた。一日に三十人を超す人数の浄化をこなし続けるなんて、それも前例のないことよね」

「そうですわね」


 表情を変えずににこにこと笑うインユリアを、ファルサはじっと見つめ、静かに口を開いた。


「アンタが飲ませてるあの薬湯ってさ――中身、なんなの?」

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