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第百五話 切り替えが早い男

「研究室はこっちです、トリステスさん」


 階段を上って、リラが先を走る。息を切らし、短い通路を抜け、厳めしい扉を押して開く。

 ギィ、と空間が開けると、アルとメトゥスが向かい合っていた。


「言った通りだったろう? トリステスもすぐにここに来ると」


 アルが剣を抜きもしていないことに、リラは小さく首を傾げた。戦いにはなっていないようだ。


「女。ウリナをどうした?」

「私に聞いているのかしら。彼女なら今頃、これまでの人生でもっとも素晴らしい夢を見ていると思うわ。想像もしなかったであろう快楽の海に溺れた後だもの」


 メトゥスの顔が明らかに引きつったのを、リラは見た。


「頼みの使用人は姿を消した。部下は誰も駆け付けられない。人質を抑えているはずの女は夢の中だそうだ。完全に詰みの状況だな、メトゥス=フォルミード」

「詰ませて、どうするってんだ? まさか、この場で俺様を殺すのか?」


 チャリ、とアクセサリーを鳴らしながらメトゥスは両腕を広げて口元を歪めた。


「テラ・メリタは民主国家だ。このゲンマの街も、複数の商会が話し合って物事が進む。その中でも一大商圏を担うフォルミードの会長が惨殺されたとあっちゃ、大問題だぜ。国中に指名手配され、逃げ切ることなど絶対に出来ねぇ。商人の情報網ってのは、お前らなんかにゃ想像も出来ないほど広く、深く張り巡らされてんだ」

「その会長の方が大罪人である、と知れたらどうなるかな」

「んだと?」

「なぜ、ここに聖女の『銀の爪』があるんだろうな」


 メトゥスの顔色が変わった。


「大聖堂の要人と取引をし、霊銀を横流しする見返りとして『銀の爪』を手に入れているのは分かっている。それによって実験を進め、さらにステラ・ミラ聖王国とのコネクションも得ていることも。そのことが公然の事実となったとき、フォルミード商会に付き従う者達がどれほどいる?」

「この国を栄えさせ、人々を豊かにするための取引をして、何が悪い?」

「いいか悪いかは、民が決めることだ。為政者が決めることではない。ましてや、民主主義を謳うのであれば」


 張り詰めた沈黙が二人の間を横切る。


「霊銀を取引している証拠、あるはずがない『銀の爪』。民の前に明らかにし、審判を受けるがいい」

「まだありますっ!」


 リラが一歩歩み出た。


「人々に瘴疽をもたらす邪悪な薬を、貴方は何らかの方法で創り出しているのでしょう。それを用いてテラ・メリタの人々を苦しめている。かつては実の両親の命を奪い、ナトゥラさんのご両親をも殺めかけた。違いますか!?」

「おぅおぅ、そういうことか」


 頭をぼりぼりと掻きながら、メトゥスは続けた。


「分かった、分かった。お前らの後ろには、ナトゥラの奴がいるんだったな。色々と聞かされ、いくつかの真実には辿り着いちまってる、ってコトか」

「真実――ということは、認めるんですね?」

「待て、リラ。様子がおかしい。この男が、こんな風に認めるとは――」


 メトゥスの口元が歪む。


「いやいや、おかしくはねぇよ。俺様は切り替えが早い男でな。どうやら発想を変えないとこの場は収まらんな、とそう思っただけだ」

「どういう――?」

「ナトゥラの馬鹿にいくらで雇われた? こっちはそれ以上の条件を飲んでやるよ。だから、俺様と手を組もうぜ」

「……は?」


 リラは混乱しそうになる頭を必死に制御しながら、思わず戦鎚メイスに手を伸ばしかけた。


「旅の音楽団なんてカッコつけたところで、日銭を稼ぐ暮らしなんざ耐えられるもんじゃねぇもんな。せっかく貧乏くせぇ小国を出ても、乞食まがいの生活が続いちゃ意味がねぇ。ほら、望みの金額を言ってみな」

「なっ――」


 話が通じない、というのがこれほどの怒りを生むのを、リラは生まれて初めて感じた。

 価値観が違いすぎる。

 彼にとっては利益や欲求のみが世界の全てなのか。


「ウリナの奴のわがままで乱暴な真似をしちまったのは、まぁ、謝るぜ。だが、あんなに肉付きのいい女と遊べる機会もそうそうねぇ。楽しかったろ?」


 にやけて言い放ったメトゥスを、トリステスは何も言わずに睨んだ。


「それと、アル。お前さんがあのテスタを負かすほどの剣の腕だったとは恐れ入った。俺がその腕を買ってやるよ。望みの報酬を用意しよう。金、家、薬、それに女。なんなら、ウリナの奴を貸してやってもいいぜ。別に、その鳥ガラみてぇな聖女と将来を誓い合ってるってわけでもねぇんだろ?」

「与すれば、瘴疽をもたらす毒についても教えるか?」


 もちろんだ、とメトゥスが手応えを感じたように頷く。


「ここ数日の研究を見て、俺様はおたくらの能力を高く評価してるんだ。だからむしろ、俺が偶然生成に成功した、瘴気をもたらす毒薬、名付けて『瘴毒薬しょうどくやく』をさらに発展させてくれることを期待してるくらいだぜ」


 なんて皮肉な、ふざけた名前だろうとリラは怒りを渦巻かせた。


「偶然成功した?」

「実際に造って見せてやるよ」


 殺伐とした空気が研究室に充満する中、メトゥスはひとつのテーブルに三人を招いた。

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