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第百四話 具体的には聞かないで

 倒れたふたりの男の横を素通りして、リラは彼らが番をしていた部屋へと近付いた。

 だが、近付くにつれて耳に入ってくる声が、リラの足取りを重くさせた。

 叫ぶような声が、うっすらと届いてくる。

 トリステスの声は、いつも落ち着いていて、気品が漂っていて、耳に優しく届く声だ。

 今聞こえてくる声は、まるで違う。

 トリステスの声とは思えないほど、嫌に高く、媚びるような響きをしている。かすかに判別できる言葉も、すべて相手に何かを懇願するものばかりで、トリステスの美しい顔と結びつかない。

 彼女が囚われてからそれほど長い時間は立っていないはずなのに、一体何をされればここまで変わってしまうのか。

 ずっと前に、モディとベルムの寝室の前にいって、そういう行為のものと思しき声を聴いてしまったことはあった。でも、あのときの雰囲気とはまるで違う。

 怖さすら感じながら、リラはそれでも意を決して扉に近づいた。


「あぁっ!! ――くださいぃ! お願――からぁ!!」


 部屋から聞こえてくる絶叫に、耳を塞ぎたくなる。

 まるで獣のような声だ。

 伸ばした手を引っ込めたくなる。

 トリステスがこんな声を出すなんて、まったく信じられない。

 責め立てられると心が壊れて別人のようになってしまうものなのだろうか。

 そうならば、深く傷ついてしまった彼女を誰が癒せるだろう。

 自分の浄化の力をもってしても、心の傷を塞いであげることは出来ない。

 それでも、傍にいて、寄り添ってあげることはできる。

 今までずっと、トリステスに助けられてきた。

 仲間として、一人の人間として、その恩に報いるんだ。

 アルではなく、自分が来て正解だった。


「トリステスさんっ、助けに来ましたっ!! ――え?」


 勢いよく扉を開け、踏み込み、戦鎚メイスを構えたリラだったが、目の前に広がった光景に言葉を失った。

 あられもない姿をして、蕩けるような顔をしているのは、ウリナだった。木製の器具に縛り付けられ、体のあちこちを濡らしながら、だらしなく舌まで出している。床には見たことのない物があちこちに散らばっていて、妙にてかてかと光を反射していた。

 一方、トリステスはと言えば、下着姿ではあるものの、凛とした佇まいは前と変わらない。少し顔が紅潮しているくらいで、パッと見て大きな怪我もしていない様子だった。彼女は手に持っていた何かを瞬間的に床に放り投げたが、それがなんだったのか、リラには分からなかった。


「リラ」


 そう言ってから、トリステスはハッと自分の格好を確認し、手近にあった布をバフっと羽織った。一応、下着は隠れている。


「どうしてここに?」

「どうして、って、トリステスさんを助けに――」


 言いながら、横目でウリナを見る。

 助けに来たはずのトリステスがまったくの無事で、むしろ、虐げる側だったはずのウリナが責め苦を受けている構図は、一体何事なのだろう。さらにいえば、ウリナはウリナで愉悦にまみれているというのも妙な話だ。


「殿下――アルは?」

「今、上で戦っているはずです。決着がついたら、そのまま上にいってメトゥス=フォルミードに話をつけると」

「それじゃあ、急がないと。彼一人では厳しいはずだわ」

「あぁっ、トリステス様!? もっと、もっとしてくださるとおっしゃったじゃありませんか!」


 呆れたような顔を浮かべ、トリステスは素早くリラの衣に手を差し込み、何かを引き抜いた。それは、吹き矢に用いるように渡された神経毒の小瓶だった。トリステスは片手で器用に蓋を外し、ウリナの秘部のあたりに向かって中身を数滴飛ばした。痴女は白目をむいて力を失い、ぐったりと動かなくなってしまった。


「ちょっとだけ待って頂戴」


 トリステスは部屋の片隅に行き、そこに雑に置かれていた彼女の服を手早く着て、それから入口へと戻ってきた。

 急ぎましょう、と言って歩き始めたトリステスの横に並び、リラが口を開く。


「あっ、あの……一体何がどうなってああなったんですか?」

「ん――時間もないから簡潔に言うわね。まず、彼女には、私を拘束し続ける技術が備わっていなかった。次に、私は、彼女の欲求を満足させつつ正気を失わせる手法を知っていた。最後に、私は彼女を隷属化して、脱出の機会を窺っていた。分かった?」

「わ、分かりました」


 後でゆっくり話す時間が出来たとしても、具体的には聞かないでおこう、とリラは心に決めた。

 一階へ戻ると、倒れている男達の姿はそのままに、戦っていたはずのアルと相手の姿は消えていた。


「アルさん、まさか――」

「いえ、彼は勝ったんだわ。見て」


 トリステスが天井を指さす。そこには、見覚えのない剣が深々と突き刺さっていた。


「あの男の剣を弾き、しかもあそこまで飛ばすなんて。やはり、今や彼の剣は、私やベルムよりもずっと高みにあるのね」

「相手の姿が見えませんが……」

「逃げられたのか、情けをかけたのか――どちらにせよ、この場であれこれ詮索しても仕方がないわ。私達も上に行きましょう」


 トリステスの言葉にリラは頷き、二人は階段を駆け上がって研究室へと向かった。

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