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第百三話 チクッとした痛み

 アルは驚きを感じはしなかった。彼の構え方は、明らかに荒れ野で鍛えられたようなものではなかったからだ。


「幼少のみぎりに剣の才を認められ、騎士として立身出世するべく奔走した。だが、儂には宮廷のきらびやかな世界を生きる力がなかった。よくある話だ。政争に敗れ、家門を失い、一族が路頭に迷い、やがて独りになった儂は、死に場所を求めて彷徨い、ここに辿りついた」

「命を拾い、惜しくなったか」


 フッ、とテスタが苦笑する。


「その通りだ。先代のフォルミード様に救われ、生き恥と思いながらも、剣への執着が頭をもたげた。受けた恩を返すという大義に縋って、儂は剣にしがみついた。負けるまで仕え続けることを、儂の残りの命の使い方と決めた。気が付けば、この有様だ。命じられるがままに恨みもない相手を斬り続ける内に、心を失い、体を弱らせた。そして、僅かに残っていた技すらも、今、こうして敗れた」

「言い残すことはあるか?」


 アルの言葉に、テスタはふるふると首を振った。


「そうか」


 それだけ言うと、アルは剣を引き、鞘に納めた。


「何を――」

「今諦めた命を、今度は俺が掬おう」


 目を見開くテスタに、アルは続けた。


「本来ならば、当主が代替わりした時点でここを去るべきだったな。フォルミード商会への恩は、もう十二分に返したはずだ。気が向いたら、ロクス・ソルスへ足を向けるといい。瘴気に侵され瀕する国で、苦しむ人々のために剣を振って余生を過ごせ」

「それが罰か」

「償いだ」


 テスタが立ち上がり、アルを見据える。


「不思議な青年だ。その若さで、これだけの技量と度量。いったい、何者なのだ?」

「ただのリュート弾きだ」


 ただし、とアルは言葉を足した。


「二度目はない。俺はこれから上へ行き、メトゥスに話を付ける。それを邪魔立てしたり、なお仲間達に手を出すような真似をしたりすれば、誇り高い死とは対極の終わりを迎えさせる」

「承った」


 研究室へ上がる階段をのぼりながら、アルは内心で苦笑した。甘すぎる、と師であるベルムには叱られるだろうな。だが、あのテスタという男、既にフォルミード一族への気持ちは切れているのは間違いない。ここで無闇に命を捨てさせる必要はないはずだ。

 しかし、メトゥス=フォルミードに対して同じように慈悲を見せられるかどうかは、分からない。


「相手の出方次第だな」


 アルは呟きながら階段を上がっていった。




 フォルミードの館の地下を、リラが恐る恐る歩いていた。

 人の声がして、そぉっと通路を見る。

 男が二人、奥の部屋を守るように立っている。わざわざ見張りがつけられているということは、あそこにトリステスが捕らえられているということだろう。


「アルさんの言ってた通りだ……」


 アルは、つくった薬品の効果は、地下にまでは及ばないだろうと言っていた。風に乗って舞い、空気の流れに従って上にはあがっていくが、下にさがっていくことはないと。そして、おそらくトリステスが囚われているのは地下室で、少なくとも数人の見張りがつけられているだろうと。


「だから、まずは俺も一緒に下へ行き、見張りをのしてから――」

「時間との勝負なんですよね。私、一人で行きます」

「相手はそれなりに腕が立つものかもしれないんだぞ」

「大丈夫です。だって――」


 リラは懐に忍ばせていたケースから、金属製の細い筒を出して口に咥えた。トリステスから譲り受けた秘密道具の中のひとつ――吹き矢だ。


「おい、そこの影にいるのは誰だ!?」


 呼びかけられたリラは、堂々と姿を見せた。


「お前、メトゥス様のところに通ってる聖女か? 地下に何をしに――」


 てくてくと歩いて近づき、ここ、という距離でリラはフッと息を吹き込んだ。


「ぃつっ――?」


 チクッとした痛みを感じた男が、はだけていた胸に手を当て、そのまま白目を剥いて倒れ込む。


「おっ、おい、どうし――」

「フッ!」

「おふっ――?」


 うまくいった。トリステスのおかげだ。

 彼女との会話が思い出される。


「――吹き矢、ですか?」

「ええ。これならリラでも扱えるし、見た目に反してとても有効な道具なのよ。見ていて」


 そう言うと、トリステスは家の柱に水で円を描き、遠く離れた。そして金属製の小さな筒を加え、矢を装填し、フッ、と素早く息を吹き込んだ。

 シュタッ、と小さな音が鳴ったかと思うと、柱に描かれた円には小型の矢の先端がめり込んでいた。

 感心しながらも、リラは首を傾げる。


「すごい――のかな? 痛そうではありますけど、これが当たったくらいだとあまりダメージはなさそうな」

「もちろん、この矢が当たっただけでは大したことはないわ。この国の戦士達が皆薄着で、肌を露出させるのがステータスになっているらしいとはいえ、ね」


 そこで、とトリステスが小瓶を取り出す。


「これを先端に塗って使うの」

「毒――ですか?」

「正解よ。これは即効性の神経毒で、体内に取り込んでからものの数秒で筋肉を麻痺させることができるわ。用量を増やせば呼吸困難に陥らせることも出来るけれど、そのサイズではちょっと難しいわね」


 リラは緊張しながら、差し出された小瓶を恐る恐る受け取る。


「扱いには注意してね。私は平気だけど、リラも触れたら危険だから。もっとも、皮膚の下に入らない限りは、すぐに洗い流せば大丈夫だけど」

「皮膚の下――まで、深く刺せるでしょうか。私、こういうの使ったことがないんですけど」

「平気よ。リラの呼吸の深さは日々の歌で十分鍛えられているし、この矢も私の特別製。毒を十分に塗布しつつ、小さな力でも奥まで抉って入りこむように細工をしてあるわ」


 自信たっぷりで美しい笑顔を見せるトリステスを見て、リラはぎこちなく笑って応えた。

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