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第百一話 非人道的なやり方

 リラの腕を、アルがぐっと抑えた。


「待て」

「待てません」

「行ってどうする。メトゥスに、トリステスを返してくださいと頼むのか」

「そうです!」

「あの男が、トリステスを連れ去ったと認めるはずがないだろう。逆に、侮辱や名誉の棄損を盾にして、盗人猛々しくこちらを責めてくるのは目に見えている」


 リラの目に涙が浮かんだ。声が震える。


「どうしてそんなに冷静でいられるんですか! じゃあ、トリステスさんを見捨てるっていうんですか!?」

「策が必要だと言っているんだ」


 アルの腕に力がこもり、リラはハッとして座り直した。そのアルの腕が、怒りに震えていたからだ。


「すぐにでもロクス・ソルスの王国騎士団を招聘して館ごと叩き潰してやりたいところだが、そんな猶予はない。火薬を買い占めて奴の館を爆破してやるのも手だが、トリステスにも危険が及ぶな」


 勇ましい顔つきで、しかし声を抑えてアルが言う。


「どっちも、出来たとしても国際問題になるから無理ですってば。リラちゃんに負けず、殿下も十分冷静さを失ってます。しっかりしてください」

「だが、猶予がないのは確かなことだぜ。殿下と俺がいれば、カチコミかけてどうにかなるんじゃねぇか?」


 アルがじっとベルムを見る。


「な、なんですかい?」

「モディは当然だが、ベルム。お前の待機は継続だ」

「そ、そりゃねぇぜ! トリステスが、苦楽を共にしてきた仲間の危機に、黙ってろって言うんですかい!!」


 アルがベルムから目を離し、今度はナトゥラを見た。


「ナトゥラ。すまないが、この家の周辺に、腕自慢達を揃えて警備に当たらせてくれないか」

「……なるほど。モディ殿も狙われている可能性がある、と」


 アルが頷き、ベルムがハッとした表情になる。


「メトゥスが何を考えているのか、分からん。分かるはずもない。根本の人格がそもそも非人道的であることは疑いようがないがな。トリステスだけを狙った可能性もあるが、俺達を分散させて、音楽団全員を狙っているという可能性もある。彼女の報告では、この街の自警団の半分はフォルミード商会の私兵のようなものだということだった。であれば、モディの傍からお前を引き離すわけにはいかん」

「そ、そりゃそうですが……それじゃ、いったいどうするってんですか」


 リラ、モディ、ベルム、そしてナトゥラの視線がアルに集中する。

 ひとつ息をついて、アルは口を開いた。


「こちらも、非人道的なやり方で行く」




「フォルミード商会の本社がこんな街外れにあるってのは、まったくもって商人泣かせだよなぁ」


 ひぃひぃ言いながら、恰幅の良い男が笑って言った。

 その隣を歩く同じ年頃、背格好の男が、くわばらくわばらと首を振る。

 砂塵が強く舞う中、ふたりはあと少しでフォルミードの館につくという場所を歩いていた。


「どんなに稼げたとしても、暗殺の恐怖に怯えるような生活はしたくないもんだよ」

「馬鹿言え、あのメトゥス=フォルミードが恐怖したりなんかするもんか。自分の命も人の命もゴミ同然に扱えるから、あんな商売が成り立つんだ」

「あんな商売?」

「なんだ、知らないのかよ。ここ最近の、鉱山周辺の瘴疽の大量発症、フォルミード商会が人為的に引き起こしてるってもっぱらの噂だぜ。自分達で瘴疽患者をつくって、霊銀薬で治す。悪魔のマッチポンプさ」

「ホントかよ。でも、それが事実だとしたら、あの若い会長が全部取り仕切ってるに決まってるぜ。いつぞやなんて、関税に抗議した若い衆が、両腕両足を馬に繋げられて、四方に引っ張られて絶命したって言うじゃねぇの。普通じゃねぇんだよ、あの会長様は。こわやこわや」

「こうして話してると、やっぱり、北の方で細々とやってるほうがいい気がしてくるな。この取引が終わったら、田舎に引っ込むかぁ」


 肩を竦めた男だったが、言い終えると同時に、くんくんと鼻を鳴らしてあたりの匂いの変化を訝しんだ。


「なんだぁ、この甘ったるいニオイは?」

「なんだか、妙に眠気が……――」


 どさ、どさと男達が道端に倒れる。

 その連鎖は、フォルミードの館の中までも続いていた。

 館の外で見張り番をしていた者、中で商談に勤しんでいた者、物陰で欲を貪っていた男女、その他様々に過ごしていた者達が、次々と強烈な眠気に襲われていく。

 異変に気付かずに唐突に倒れる者もいれば、どうにか耐えようとしながら膝をついて眠りにつく者、あるいは自らの体を痛めつけて覚醒を試み結局昏倒する者もいた。

 その風上に、ふたつの人影があった。


「さすがはロクス・ソルス王家が調合を禁じた秘薬中の秘薬だな。目覚ましい効果を発揮している。いや、眠らせているのに目覚ましいという表現はおかしいか」


 自らが調合した薬品の効果に目を細めるアルの横で、リラが汗を拭く。


「急速に神経に作用し、強制的に昏睡状態を引き起こす――とおっしゃってましたが、ちゃんと、みなさん後遺症なく起きるんですよね?」

「――さ、急ぐか。俺達は解毒薬を飲んでいるから問題ないが、体質によってはすぐに起きる者もいるかもしれない」

「ア、アルさんっ!」

「ここで問答をしている余裕も、手段を選んでいる猶予もないぞ、リラ。大体、フォルミード商会に与して甘い汁を吸っている連中など全員同罪だ。容赦などしていられるか」


 目深にフードをかぶり直して、アルとリラは奥の館へと駆けて行った。

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