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第百話 笛を吹けない

 多少は広い空間になっているとはいえ、距離を取って投擲をするほどではない。それに、そこまでの距離を取ることは相手が許さないだろう。そもそも、それだけ離れることが出来るのであれば、一度逃げてしまった方が得策と言うことになる。

 あらゆる面で、相手の都合のいいように仕向けられた結果が、今だ。

 トリステスは、ペリスの街で調達し、ケープの下に隠し続けた武器のほとんどが使えないということを理解し、覚悟した。

 だが、手はある。まずは――


「火薬か」


 黒粉を撒き、そこに火打石を投げ、即座に短剣ダガーを撃つ。

 火花が弾けたと同時に爆音と火柱が上がる。

 これで、周囲に騒ぎが起こるはず。


「喧騒に紛れて逃げるつもりか?」

「それも案のひとつよ」


 猛然と二刀で襲い掛かってきたテスタに距離を詰められないよう、全神経を研ぎ澄まして回避に専念する。思った通り、いや、思った以上の剣の冴えだ。

 どうにか短剣ダガーを投じて反撃を試みるが、狙いをつけているはずがまるで当たらない。こういう武器を相手にするのに慣れているようだ。

 最後の短剣ダガーを投げ、鉄糸で編まれた網を上に放り投げる。

 勢いよく広がるが、当然相手はそれを何食わぬ顔で回避する。


「餌を撒かれた腹いせに、漁の真似事か」

「まさか」


 その隙にケープの中に手を入れ、折りたたまれた状態の鉄の棒を引き出す。

 腕を振り、ガチン、ガチンと組み立てられた棒は、鋭い穂先をもった短槍となった。


「器用なものだ」

「器用でなければ、笛を吹けないのよ」


 どうにか隙をつくろうと突きを繰り出すが、それが精いっぱいだ。回避に意識が占有されるせいで、効果的な攻撃を仕掛けられない。

 防戦の色が濃くなり始めた途端、テスタが二刀の内一本を投げた。

 予想していなかった攻撃を、トリステスは反射的に槍を当てて弾く。

 しかし、次の瞬間、一投足で間合いを詰めたテスタが、トリステスの腹部に強烈な膝蹴りを見舞った。


「ぅぐっ……――」


 続けて、延髄と呼ばれる部位に鋭い痛みを感じ、トリステスは視界を失った。




 翌朝、太陽が昇りきっても帰ってこないトリステスを、仲間達は寝ずに待ち続けていた。

 そして、扉が開いた瞬間、全員が明るい顔で青髪の美女の姿を思い描き、歓喜の色を顔に浮かべた――が、姿を見せたのはまったくの別人だった。


「やぁ、皆さん、おはよう――と、これはいったい、どういう状況ですか?」


 失望されているらしい雰囲気に戸惑いながら、ナトゥラ=オーウォは呆然と言葉を紡いだ。

 アルから一通りの説明を受けたナトゥラは、聞きながら険しくなっていった表情をさらに険しくさせた。


「まずいですね。非常にまずい。おそらく、トリステス殿はフォルミードの館に連れていかれたはずです」

「確かなのか?」


 ナトゥラが深く頷いた。


「リラ殿の前で話すのは、少々気が引けるのですが――」

「構わず続けてください!」

「……私が掴んでいる情報の中に、こんなものがあります。このゲンマの街を訪れた旅人の中で、とりわけ美しい女性が突如行方不明になることがある。彼女は数ヶ月後に街に戻ってくるが、いなくなる前とはまるで様子が変わっているそうです」

「どんな風に?」

「いわく、色に狂ったと」

「色に、って……?」

「性的な欲求に支配された状態で見つかるそうです。私も実際には見ていませんが、男という男を求め、娼婦達ですら顔を顰めるような放蕩な行いをするようになってしまっていたとか。さらに言えば、メトゥスはそれを見てさぞ楽しそうにしていたらしいですね」

「若旦那よぉ、どうしてそれを俺らに言っとかなかったんだよ」


 ベルムが睨みつけると、ナトゥラは視線を落とした。


「皆さんの実力を知っていたが故の、私の油断と言っておきましょう。こう言ってはなんですが、そのような隙を見せるとは思っていなかったのです。あのトリステス殿ならば、なおさら」

「高く買いかぶって頂いてたってワケだ。ありがたいこったぜ、クソッタレめ」

「若旦那さんに当たっても仕方ないでしょ、みっともない。ごめんね、せっかく来てくれたのに」


 モディが謝ると、ナトゥラは首を横に振った。


「いや、責めてもらった方が気が楽です。実際、私がそれを伝えておけば、トリステス殿の動きももう少し変わったかもしれませんので」

「だが、今の話にメトゥスが関わっているという確証はあるのか。先程ははっきりと断言していたが」


 ナトゥラが頷く。


「もちろん、彼らが分かりやすい物証を残すことなどありえません。ですが、人の口に戸は立てられぬもの。フォルミード商会と我々オーウォ商会は、仲良しこよしではありませんが、だからといってまったく取引をしていないというわけではない。彼の館には地下室があり、そこに女が連れ込まれていくのを見たという話はまことしやかに耳に入ってきているのです」

「確かに、あの館の一階の広間には、下に続く階段が見えていたな。研究室が上にあるのに、なんの意味があるのかと思っていたが――」

「じゃあ、トリステスさんはそこに!」


 ガタン、と椅子をひっくり返して、リラが勢いよく立ち上がった。

ここまで読んで頂いている方、ありがとうございます。


これまでにブックマーク登録、あるいは評価をしてくださった方、ありがとうございます。


とても励みになりますので、まだの方は是非お願いできればと思います。




100話まで投稿が終わりましたが、物語はまだ続きます。


きちんと完結させますので、どうぞ最後まで読んで頂ければ幸いです。




では、また。

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