婚約破棄の現場で~ヒロインはモブ令嬢に〇〇されました~
※残酷な描写があります。
「■■■■■! ■■■■■■■■■■■■■■■――!!」
卒業式パーティーの会場で、壇上の殿下が糾弾する声を聞きながら、私の目は殿下を庇うように立つ彼に釘付けだった。
誰もが殿下と公爵家の令嬢にしか目に入っていない。
殿下の腕にしがみついている男爵家の庶子が優越感に口元が緩んでいることなど、誰も気付かない。
でも、わたしは気付いている。
あの泥棒猫め!
庶子だから差別されると、地位に高い殿方ばかりに擦り寄る卑しい品性。庶子があのような生き物だと思われるかと思うと吐き気がする。
この貴族学校は成人前の貴族同士の交流を目的に作られている。新たな人脈作りや埋もれた人材を見付ける為に庶子も通うことが許されている。
表立っては身分を問わず平等を掲げているが、平等の部分は受けられる教育の質と成績の部分だけ。
嫡出子はより良い未来の為に、庶子は将来有望な者に見出される為に、この学校で学んでいる。
勉強以外は親の爵位と嫡出子と庶子で細かく決まっている。パーティーでの立ち位置がそうであるように。
上座にあたる壇上の近くは高位貴族の場所。殿下に庇われている男爵家の庶子が立っていい場所ではない。
わたしが立つ低位貴族寄りは高位貴族の庶子が立つ場所。親が高位貴族でも、庶子は庶子。高位貴族ではない。
庶子はどこまで行っても、庶子。
高位貴族の庶子であるわたしが、高位貴族とは結婚できないように。
男爵家の庶子は同じ男爵家相手でも結婚できない。
それが王族と結婚?
殿下は王位継承権だけでなく、貴族籍も捨てて、平民にならなければ無理だ。
でも、公爵家の令嬢に婚約破棄を叩き付けて、平民になる気なるなど自殺行為だ。平民になる気などないのだろう。
馬鹿な人。
婚約者も捨てて。
すべて捨てていることにも気付かず、男爵家の庶子を選んで。
あの男爵家の庶子の居場所は社交界にはない。
元々、社交界に庶子の居場所などないのだ。
この学校が特別だっただけで。
馬鹿な人。
高位貴族の庶子にすぎないわたしは、高位貴族の妻になれない。
庶子の娘は結婚させる嫡出の娘がいない場合や繋がりを持っていたい場合に、妾として差し出される存在。
低位貴族相手ですら、爵位持ちには嫁がせられない。高位貴族相手なら、それこそ、その家を侮辱していると捉えられても仕方のない。
現当主の庶子の娘を嫁にすることは非難されても、前当主の嫡出の孫娘なら親が無爵でも非難されない世界。それが王族や貴族の世界。
嫡出の令嬢の結婚相手ですら、爵位持ちでは足りない世界で、庶子を嫁として迎え入れたりしようものなら、その家は娘も孫も爵位持ちとは結婚する気はない、と看做されて結婚市場から締め出される。貴重な爵位持ちと庶子の娘を結婚させるなら、誰もが納得できる理由が必要なのだ。父親が王だとか。
けれど、公爵家の令嬢と婚約破棄させる庶子など、王ですら認知を取り消す事故物件だ。
どれほど馬鹿馬鹿しい真似をしているのか、殿下の側近達は気付いてすらいない。自分たちが廃嫡され、飼い殺しにされる可能性にすら気付いていない。
それほどまでに、あの男爵家の庶子に溺れている。
公爵家の令嬢が殿下に反論する。
「■■■■■■■■■■■■■!」
激昂する殿下と側近達。
「■■■■■■■――! ■■■■■■■■■――!!」
「■■■■■!」
「■■■■■■■■?!」
側近の騎士団長の令息が公爵家の令嬢を突き飛ばし、身動きできないように取り押さえる。
みんなの注目は完全に騎士団長の令息と公爵家の令嬢に集まっている。
糾弾する殿下。
「■■■■■■■■■■■!! ■■■■■■■!」
痛みを堪えながら冤罪を主張して諭そうとする公爵家の令嬢。
「■■■■■■■■■■■■■■!」
ますます怒り狂う殿下。
「■■■■■■――! ■■■■■■■■!」
わたしはゆっくりと、気付かれないように壇上に忍び寄る。
騎士団長の令息は公爵家の令嬢を取り押さえているのに忙しく。殿下は公爵家の令嬢を詰るのに忙しく。殿下の他の側近達は公爵家の令嬢を睨みつけるのに忙しく。
殿下の後ろに周ったわたしに誰も気付かない。
ああ。泥棒猫が憎たらしい。
今日の為に隠し持っていたナイフをスカートの間から取り出し、男爵家の庶子の背中に突き立てる。
「この、身の程知らずが!! 男爵家の庶子の分際で、高位貴族――ましてや、王子の妻になれると思っているの!! 男爵家の庶子なんて、平民の商人に嫁げるのがせいぜいの、身分を弁えなさい!!」
何度も男爵家の庶子の背中に突き立てる。
「お前のせいで! 婚約破棄したせいで! 彼がどうなるか、わかっていないの?! そうよね! お前にとって、殿下以外は取るに足らないおもちゃだものね!」
「止めろ、マリー!!」
我に返った彼がわたしを止める。
「この泥棒猫のせいで、貴方は廃嫡よ。廃嫡になるとわかって、言っているの?」
「■■■は何も悪くない! 悪くない■■■になんで、こんなことをするんだ!」
「廃嫡にされて、平民落ちするのよ? それなのに、そんなことを言うの?」
「廃嫡になんかされない。する筈がないだろう」
「馬鹿ね。殿下に近付く男爵家の庶子を遠ざけようともしない側近失格が家を継げると思っているの?! それに貴方は婚約破棄して婚約者がいなくなった。王家に托卵しようとする者が廃嫡程度で済むと思っているの?!」
「托卵だなんて――」
「托卵以外、何と言ったらいいの? 妻となるべき婚約者を捨て。妾となるべきわたしを捨て。貴方、どうするつもりだったの? 妾まで捨てて、貞節を捧げた泥棒猫以外に相手がいると、誰が思うのかしら。娼婦でも買うの?」
「それは・・・ッ!」
ようやく、時が動き始め、血塗れになって倒れている男爵家の庶子に彼以外の愚か者達が駆け寄って泣き叫ぶ。
「■■■――! ■■■――!」
公爵家の令嬢は側近達の元婚約者達の手を借りて立ち上がる。
彼女らの目は冷ややかだった。政略結婚の意味を何も理解できていない愚か者達には既に見切りをつけていたのだ。
見切りをつけられないのは、彼の妾候補だったわたし。
愚か者達の他の妾候補の庶子たちは知らないけど。
貴族学校の警備をしている兵がわたしを取り押さえる。
愚か者達がわたしに何かしようとして、やはり、兵に取り押さえられた。
公爵家の令嬢の件では殿下に命令されていても、この事件の犯人と犯人を襲撃しようとする動きには目を瞑れないらしい。
◇◆
後日、留置されたわたしに公爵家の令嬢が会いに来た。
どうやら、愚か者達は公爵家の令嬢だけでなく、公爵家にも冤罪をかける気だったらしい。
処刑や国外追放も計画されていたと聞いて、泥棒猫を排除しなければとんでもないことになっていた、と背筋が寒くなる。
泥棒猫は魔女として公表され、泥棒猫の母親は火刑。泥棒猫の異母兄弟は、父親とは縁を切って母親の実家に引き取られたそうだ。男爵家自体にはお咎めがなくても、泥棒猫のことで恨みを買った為に数年後には没落して爵位返上となるだろう。
泥棒猫に騙された殿下は王位継承権剥奪の上、数年は幽閉。更生の余地があれば、臣籍降下するらしい。
泥棒猫の為に婚約破棄した他の愚か者達は、王家に対して托卵を謀った重罪人として見せしめに公開処刑となるそうだ。庶民はお祭り騒ぎをするだろう。
何か褒美を、と仰っていただいたので、あのような場で平民(男爵家の庶子)殺して収監されるだろう、わたしは申し上げた。
「彼と一緒に収監してください」
公爵家の令嬢は望みを叶えてくれた。
王家に托卵を企んだ彼はわたしへの恩賞で一命を取り留め、わたしに危害が加えられないように身動き取れない状態で、わたしの牢屋に入れられることになった。
もう、婚約者にも、泥棒猫にも盗られる心配はない。
『婚約者とは政略結婚で愛せそうにもない。本当に愛しているのはマリーだけだ』
その通りね。
学園物の婚約破棄の話で、疑問がありました。男爵家が庶子を学校にねじ込めるなら、何故、他の爵位の庶子が通っていないのか?
貴族の学校に庶子も通えるとなると、限られた結婚市場で、別に跡継ぎのいる庶子の存在価値は主人公が述べている通りです。話の中に出てきていない他の庶子達は主人公同様、自分の立場を弁え、ひっそりと、生きていると思います。
他の庶子にすら異常だと感じるヤベー女に惚れている婚約破棄王子達も、ヤベー奴扱いされているような気がします。