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3.

 人生をたどるという作業は、長いフィルムを早回しで見続けるようなものだと考えていたが違った。

 チャプターごとに進んでいくようで、そのうちのいくつかで立ち止まっては覗き込む。

 どうしてそこを選んだのかは僕にはわからなかった。

 僕の人生の中の良いことも悪いことも、ささやかすぎて忘れいていたことも、思い出したくもない出来事も。シロたちにとっては同じように扱われているようだった。

 僕の人生を差し出すことにためらいはないが、見られることには抵抗があった。

 二十年と少しの僕の人生は、人に見せられるほど特別でも美しくもなかった。

「だけどこの頃は楽しそう」

 中学二年のときの風景を眺めながらシロは言った。アカの口もとも優しい微笑みをたたえているから、そのころの僕はまわりから見ても充実していたのだろう。

 勉強はそこそこできた。

 部活にも熱心に参加していて、毎日くたくたになりながら帰っていたけど、それでも楽しかった。友人にも恵まれていたし、クラスの人気者だった。もしもこんな環境が一生続くのだとしたら、僕の人生は素敵なものになるだろうと思えた。

 まだ未来に希望を持っていたころだ。

 高校に入っても僕の生活には輝きがあった。

 だけど少しずつうまく回らなくなっていったのだ。

 余裕があった中学時代とは異なり、高校の授業はついていくのがやっとだった。見栄を張ってひとつ上のランクの学校を選んでしまったせいだ。

 部活だって、高校に入ったら僕よりできる人間はいくらでもいた。どんなに頑張ってもスタメンはおろか三年間ベンチにも入れなかった。

 僕は大学には行っていない。

 成績は問題なかったのに、お金がなかった。

中学のときに運を使い果たしたのか。大学受験の前に父が倒れ極端に減った収入と多額の治療費を見せつけられては、高い金を払って大学に行かせてくださいとは言えなかった。

僕は不幸だと思った。

 一度不幸に取り憑かれてしまえばそう簡単には抜け出せない。

 高校を出てすぐに就職したその会社がまた絵に描いたようなブラック企業で、入社して一年経たないうちに僕の心と体は音を上げた。

 次の仕事を探そうにも見つからない。

 そして今に至るわけだ。

 安請け合いしたが、こんな人生が、大好きな景色の一部になっていいのかと不安になった。

 それでもシロはその場その場でヒカリを取り上げ愛おしそうに眺める。その姿がまた僕の後ろめたさを刺激する。

「本当に僕なんかのヒカリでいいのかな」

 高校を卒業したころの景色にたどり着いたところで、僕はシロの手を止めさせた。

「どうしてそんなこと言うの?」

 こんなにきれいなヒカリなのにと、シロは僕の前にぼんやりとした輝きを差し出した。

 僕にはそれがとても情けない輝きに見えた。

「このヒカリが、本当に街を照らす手助けをできるの? それなら喜んで差し出すけれど、そうじゃないのなら、僕なんかの人生から生まれたヒカリなんて、きっと街に汚い染みを残すだけだ」

「そんなことない。弱々しいけれど、とってもきれいなヒカリ」

 愛おしそうにヒカリを撫でていたシロが、ぴたりとその手を止めた。

「でも、そうね。やっぱりもらうのをやめる」

 シロはそう言って持っていたヒカリを僕の胸へと突き返した。

「どういうこと?」

「あなたに返す」

「それは、どういうことなの」

「今あなたのヒカリを食べてしまわなければ、これからもあなたはヒカリを生めるでしょ?」

「それって――」

「死ぬのをやめて、まだまだ生きろってことだね」

 言いながら、アカは呆れたようにため息をこぼした。

「シロ、それはいけないよ。いくらヒカリが欲しいからって、人様の生き死にに口を出す権利は私たちにはない」

「でも私はもっとヒカリが欲しいの。こんなにきれいなヒカリがもう生まれなくなるなんて勿体ないと思わない?」

「それはそうだけど……」

「ねえお願い。もっともっとヒカリを増やして、この街を輝かせて」

 まっすぐに僕の目を見つめ懇願する。

 それはつまり、僕にクソみたいな人生の続きを生きろと言っているのだけれど、シロはまったく悪びれもせず。

 だけど僕も単純なもので、これだけ求められると悪い気はしない。

「本当に僕のヒカリなんかでいいの?」

「あなたのヒカリが欲しいの」

「……こんな人生から生まれたヒカリなのに?」

 僕は自分の手に置かれたヒカリを見つめた。それは本当にちっぽけな輝きで、何度見てもこんなに欲しがる理由がわからない。

 だけどシロは僕の手にその白い手を重ねて言うのだ。

「とってもきれいなヒカリ。どんなときでもあなたが一生懸命に生きていたことがわかる。これはあなたが頑張って生きてきた証よ」

 シロが僕のヒカリを見つめる。うっとりと、心地よさそうな顔をして。

 僕は言葉を失った。

 本当に、自分が単純すぎて嫌になる。

 クソみたいな人生だということが覆るわけではないのに、シロのその一言でほんの少しだけど救われたような気がした。

 僕は一生懸命生きてきたのだと、それを理解してくれる人が一人でもいたのだと、そう思えば、心が少し軽くなる。

「ほら。やっぱりあなたから生まれるヒカリは美しい」

 たった今手に入れたヒカリをすくってシロは微笑んだ。無意識にそのまま口に運ぼうとしてアカに奪い取られる。

「これをどうするかは彼が決めるべきだ」

「ごめんなさい。あんまりきれいだったから」

 謝罪はしたが口惜しそうにヒカリの行方を視線で追いかける。

 僕はアカからヒカリを受け取って、しっかりと見つめた。心なしか今までのヒカリよりも力強い輝きを放っているように見えた。

 これならば、街を輝かせるヒカリのひとつになっても恥ずかしくないだろうか。

 いや――

「これじゃあ、まだ駄目だ」

 ヒカリを両手でしっかりと掴んだ。

「どうせやるなら、僕はもっと確かなヒカリで街を輝かせたい。そんな選択をしていいんだろうか。した方がいいんだろうか。……僕はまだ生きているべきなんだろうか」

 僕の言葉を聞いて二人は笑った。それは馬鹿にするようなものではなくて、やさしい笑顔だった。

「生きるか死ぬか。少しでも決心が揺らぐのなら、もう少しだけ生きてみることをおすすめするよ」

 そう言って、アカがいくつものヒカリを手渡した。

「食べてなかったの?」

 僕が驚いてシロを見ると、シロは不満そうにアカに視線を送った。

「アカが食べちゃだめって言った」

「こういう場合は最後の最後まで食べさせないようにしているんだ。心変わりがあると困るからね」

「そうか。……すまない」

「謝ることじゃないさ。君の人生なんだから」

 台詞じみた言い回しでアカは言った。

「それじゃあ、『ありがとう』かな」

 と僕は右手を差し出す。

「君の人生がキラキラと輝くように祈ってるよ」

「そしてきれいなヒカリをたくさん生みますように」

 アカとシロは順に僕の手を握った。

 真っ白なシロの指先がゆっくりと僕から離れる。

 それと同時に、ヒカリが僕の中に舞い戻った。その輝きの眩しさに耐えきれず僕は目を閉じた。



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