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2.

 僕らはロープウェイ乗り場の近くにある待合所のようなスペースに移動した。途中、何か温かい飲み物が欲しくてコーヒーを買ったのだけれど、彼女らの分まで買おうとしたら頑なに拒まれた。

 なので、待合所では、いたいけな少女二人を目の前に立たせ一人だけコーヒーを飲みながらベンチでくつろぐ成人男性という、なんともクズっぽい光景ができあがってしまった。

 下りのロープウェイを待つ人がちらりちらりとこちらをのぞく。しかし気にしているのは僕だけで、少女たちは気にせずに話の続きを始めた。

 彼女らはまず、

『函館の夜景が美しいのは、人の一生が染み込んでいるからだ』

と言った。話し始めはまるで哲学みたいだった。

 眼鏡の少女は自らをアカと呼ぶように言った。それは名前なのかと尋ねると、白い少女がシロだから自分はアカにしたのだと返ってくる。コートの色からきてるのかと問いを重ねると、それは違うとはっきり否定された。

 シロはあまり喋るのがうまくないらしくて、説明は概ねアカがしてくれた。

 彼女が言うにはこういうことだった。

 天寿をまっとうした命は綺麗なヒカリになって街に吸い込まれる。そして街を輝かせる光の一部となる。

 だけど自死を選んだ場合そのヒカリは、ふわふわ漂って空に散ってしまうのだという。

 それはそれできれいなのだけれど、街の明かりとしては残らない。彼女らは街の明かりを美しくしたいから、ひとつも逃さぬように、こうして自ら命を終わらせることを選んだ人を探し出しては、その命のヒカリを譲り受けるのだそうだ。

「ただでさえ住む人が減ってヒカリが少なくなっているからね」

 アカの言葉にこくりと頷くシロ。

「だからあなたのヒカリをちょうだい」

 壊れたおもちゃのようにそればかりを繰り返す。

「ちょうだいって言ったって、いったいどうすればいいのさ」

「あなたの人生を見せてくれればいいの」

「僕の人生を見せる? どうやって。アルバムでも開いて見せればいいのかい?」

 シロは首を横に振る。

「こうするの」

 そう言って少女は僕の胸元に手をのばす。細くしなやかな指の先がそっと触れた。触れた指は僕の表面をとらえたかと思うと、見る間に奥へ奥へと侵入していく。

 指先が僕の中に入り込む。

 不思議な感覚だった。

 胸あたりに熱いものが染みていくように指の動きに合わせて僕の中がかき乱される。

 痛みと快感とがいっぺんに来たような感触があった。

 僕は弾みで目を閉じた。

 頭の中がぐるんとまわったみたいになって、気を失ったのかと思った。

 だけど四肢にはしっかり力が伝わっているし、僕の体はたしかに起きている。

 恐る恐る目を開ける。

 僕に触れていたはずの少女はいつのまにか背後へとまわっていて、今度は僕の背中を優しく撫でた。

「さあ、見せて。あなたのヒカリを」

 その言葉に導かれ目の前に広がったのは、なんとも懐かしい風景だった。

 僕は昔住んでいた家の前に立っていた。

 生まれてから小学校の途中まで暮らしていた場所だ。

「何が起きたんだい?」

 僕は周囲を見回した。

 タイムスリップしたかのように、何もかもがあの頃のままで、集合住宅の玄関先には僕が使っていた三輪車もある。

 その懐かしい景色の中に、二十歳の僕と、赤白の少女という違和感が紛れ込んでいた。

「今私たちはあなたの中にいるんだ。ヒカリを譲り受けるには、あなたの中にあるあなたの人生をたどらなければいけないから」

 その中に散りばめられたヒカリをひとつずつ拾っていくのだという。

「ヒカリっていうのはね、君の一生そのものなんだ。それをこの子が食べる」

「夢を食べるバクみたいだね」

「まあ、そんな感じだね。シロが食べることで街にヒカリが根づくんだ」

「アカさんは何をするの」

「私――そうだなあ。シロが食べ過ぎてお腹を壊さないように見張る役かな」

 アカは笑った。

「これから君の中をめぐりヒカリをひとつずつもらっていく。シロが食べてしまったらもう返すことはできない。すべてを説明する前に始めてしまって申し訳ないけれどそういうことなんだが、続けても構わないかい」

 今ならまだ引き返せるよと言われ、僕はごくりと唾を飲み込んだ。

 覚悟していたつもりなのに怯んでしまうのは、少しは『生』に未練があるということなのだろうか。それとも未知の体験に恐怖を感じているだけなのだろうか。

 どちらにせよ、今の僕には彼女らの誘いを断る理由などなかった。

 どうせ死ぬのだ。

 こんなものでよければと、僕は僕を差し出した。



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