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1.

 死のうと思った。

 最後に、函館山から見下ろす函館の街という、僕がいちばん好きな景色を目に焼きつけようと思った。

 たった二十年と数ヶ月の人生を振り返ればあっという間に過ぎていって。何から何まで思い出せばきっともっと時間は必要になるのだけれど、昼過ぎから始まった僕の人生の振り返りは夕焼け空を迎えるころにはごく最近のできごとにたどり着いていた。

 ちょうどいいなと思った。

 まだ陽が高いころに思い描いたキラキラと輝く青春時代の風景は、僕の心に未練というものを芽生えさせたけれど、そのあとの人生にはその芽を大きくするための養分や陽差しなどは充分になくて、今はすっかりしぼんでしまっている。

 もしもこの未練が大きく育ってしまっていたら、僕は間違った道を選んだかもしれない。だから、これで良かったんだ。

 僕は、今日死ぬ。

 そう決めたんだ。

 夕陽を浴びた展望台は、これから徐々に夜景になっていく様を眺めようという人たちで混雑しはじめた。

 それでも僕は手すりにもたれ居座って、ひとりぼっちで街を見下ろしていた。

 すっかり体は冷え切っていた。

 クリスマスが近づいたこの街はどこもかしこもそわそわとしていて、展望台からの景色もいつもと少し違う。ゆるくカーブした海岸線の中程にはここからでも視認できるくらいの大きさの巨大ツリーが設置されている。夜になればツリーを始め至る所に張りめぐらされたイルミネーションがこの街の夜景を何割増しかで彩るのだ。

 この季節に上から見下ろしたことはないが、きっときれいなんだろうなと思った。自然と口もとがほころぶほどに、想像した光景は

僕にささやかな幸せを連れてくる。

「それなのに、心の中じゃ随分物騒なことを考えているんだね」

 あまりに突然のことで、それが僕に対する台詞だと気づくのにしばらくかかった。

 柵にもたれたままきょろきょろと左右を見たら、左隣にいた少女と目が合った。高校生くらいのおとなしそうな女の子。まんまるの大きな眼鏡も印象的だが、なにより、赤いダッフルコートがまるでサンタクロースみたいで彼女から現実感を奪ってく。

 少女は僕と同じように柵に両腕を重ね、それを枕にするようにもたれるとこちらをしっかりと見つめた。

「こんなにきれいな景色を見ているのにね」

 視線を変え、街を見下ろす。

 言いたいだけ言って、人の目も気にせずにフンフンフンと鼻歌を歌い出したからきっと面倒なやつなのだろう。

 これ以上からまれてはたまらないとその場から離れようとしたら、がしと腕を掴まれた。

「な、なんだよ」

 少女の手を掴みほどこうとした。

 その僕の手を別の手が取り押さえる。

 真っ白な手。

 いつの間にか、面倒そうな人間が二人に増えているではないか。

「捨ててしまうなら、私にちょうだい」

 あとから現れた子は、真っ白いドレスのようなコートを羽織った女の子。白いのは身につけているものだけではない。肌も髪も睫毛でさえも、何もかもが白いのだ。そして何よりべらぼうに美しい顔立ちで。

 その中で榛色(はしばみいろ)の瞳がぎょろっと動くとやけに目立つ。

「捨ててしまうなら、私にちょうだい」

 白い少女は抑揚のないしゃべり方で繰り返した。声色と一緒で、表情もぴくりとも動かない。

「今まさに捨てようとしている君の人生を、街を輝かせるヒカリのひとつにしてみないかい、ということだ」

 白い少女の言葉を補うのは、赤いコートの少女。こちらは逆にオーバーリアクションで、身振り手振りはもちろん、舞台役者のような大袈裟な抑揚を響かせる。

 しかしどちらにせよ意味がわからないことには変わりない。いや、むしろわからないことが増えた感さえある。

「悪いが僕は、忙しいんだ」

 二人の手をほどこうとするがなかなか解けず。

 ただでさえ目立つ紅白の少女らが成人男性の腕を掴みやいのやいのと騒いでいるのだ。まわりからどう見られているのか容易に想像がつく。

「わかった。話を聞く。だから落ち着いて。それとまずはあまり人目につかない場所で」

 集まり始めた視線。

彼女らもそれにようやく気がついたようで、僕の提案に素直に従った。




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