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行く末は

 『いっちゃんもんめちゃんだいすき! ずっとともだちだよ!』

 

 千代子はシロツメ草で作った不格好な指環を一反木綿の尻尾に通し、無邪気な笑顔を見せた。

 尻尾の先の儚い重さに、一反木綿の心はほんのり色付いた。

 

 *

 

 矢絣の着物に海老茶色の袴、足元は黒のブーツ。そして頭にはちょこんとベレー帽。

 見目麗しいはずの服装に、何故か道行く人は遠巻きに指を指し笑う。

 

 「おい右のヤツ……なんだあれ、バケモーー」

 

 途端、千代子は声のした方をキッと睨み付ける。

 その千代子の気迫に、二人の周りから更に人が逃げていく。

 千代子と揃いの服で隣に立つ一反木綿は、居心地悪そうに、申し訳なさそうに千代子の袖を引いた。

 

 「あんなの気にしないの、もんめちゃん。こんなに似合ってるのに、みんなどこを見ているのかしら」


 千代子は心底理解出来ないと首を振り、人目も憚らず大きなため息をこぼした。

 

 「【華園家の一人娘は妖怪に取りつかれている】」

 

 道行く人の何処からか、そんな言葉が聞こえてきた。

 華園家の一人娘・千代子の顔を知らない人間は、この辺りには居ない。

 

 

 千代子が五歳の時、庭の柿の木に引っ掛かった一反木綿を見付けたのが始まりだった。

 助けようと手を伸ばす千代子から逃げようともがくうちに、引っ掛かっていた尾の方からピリピリと破けてしまった。

 肩を落とし項垂れる一反木綿を手に、千代子は祖母の元まで走り、二人で破けたところを繕った。

 お世辞にも上手いと言えるような仕上がりでは無かったが、縫い終わり傷を確認した一反木綿は、一目散に外へと逃げていってしまった。

 それから数日後、庭で遊ぶ千代子の元に、大量の栗を抱えた一反木綿が戻ってきたのだった。

 栗をイガごと抱えて来たものだから、一反木綿の体は穴だらけになり、繕うのに酷く苦労した。

 しかし、不思議と前回繕った傷は、糸ごと綺麗に消えてしまっていた。

 

 繕ってはお礼を届けに来て、そしてまた繕われるという事が何度か続いた。

 ようよう千代子は父に一反木綿の事を話し、共に住めないかと頼み込んだ。

 最初父は何を馬鹿な事をと取り合わなかったが、祖母からも話を聞き、実際に一反木綿を見てついに折れた。

 それ以来、千代子と一反木綿は友達のような姉妹のような、不思議な距離感での生活が始まった。

 

 千代子と一反木綿はどこに行くにも常に一緒。そして同じ服を着る。

 同じ食卓につき、風呂も一緒。

 一反木綿にリボンをつけ、「もんめちゃんもんめちゃん」と手を引き歩く千代子に「一反木綿に性別はない」と、大人達は笑っていた。

      

 千代子が転んで怪我をすれば、一反木綿は自分の体を裂き巻いてやる。

 日向ぼっこ中に千代子が眠ってしまえば、一反木綿は長い体を折り畳んで掛け布団になってやる。

 一反木綿が怪我をすれば、千代子は汚れを落とし縫ってやる。

 日向ぼっこ中に一反木綿が眠ってしまえば、起きるまで手を握っている。

 

 千代子が大きくなるように不思議と一反木綿も大きくなり、本当の姉妹のように仲睦まじく常に一緒だった。

  


 十五になった翌日、千代子は父の書斎に呼び出された。

 からりと晴れた、ほんのりシロツメ草の甘い香りが漂う穏やかな日であった。

 

 「千代子、お前もそろそろだと思って、良い縁談を決めて来た」

 

 部屋に、庭師が剪定するパチンパチンという音が響く。 

 自分から呼びつけ話を切り出しておきながら、父はあまり興味は無いのか、読み物に視線を落としたままだ。

 

 「お父様、私はまだ……もんめちゃんは」

 「あぁ、一反木綿もちゃんと嫁入り道具として役立って貰う」

 

 千代子の言葉を遮るように放たれた父の言葉は、取って付けたような何ともない言いぐさだった。

 

 「役に……?」

 「便宜上、一反木綿と呼んでいるが、あれは木綿ではない。正絹、一反の正絹だ。時期が来たらお前の白無垢にでも仕立てようと思っていた。そうでもなかったら、バケモノなど家に寄せ付けるはずが無いだろう」

 

 ぱらりとページをめくりながら、さも当たり前だと言わんばかりに父はそう言い放った。

 千代子はすぐには理解できず、しばらく「白無垢。もんめちゃん。バケモノ」と、うわごとのように何度も口の中で繰り返す。

 意味を理解するのと比例するかのように口の中が乾き、上手く呼吸が出来なくなっていく。

 

 「バケモノでも動かなくなればただの絹。離れ離れになるよりは、お前もその方が良いだろう。あのバケモノも、お前の白無垢になれるなら本望だろう」

 

 千代子が勢いよく立ち上がると、その反動で椅子が大きな音を立てて倒れた。

 その音ではじめて父が顔を上げたが、千代子はその父の顔を見る事もなく、逃げるように部屋から飛び出していった。

 身なりも気にせず廊下を右へ左へ。すれ違う女中は何事かと、走り抜ける千代子をどうにか避けそのまま見送る。

 息を切らせた千代子は真っ先に自室へと飛び込み、内側から鍵をかける。

 部屋で千代子の帰りを待っていた一反木綿は、そのただならぬ千代子の雰囲気に、すぐにそばに駆けつけた。

 一反木綿は千代子の様子を確認するや、汗で額に張り付いた髪をささっと直し、千代子の手を引き椅子に座らせる。

 そして準備してあった水をコップに移すと、さっと千代子の元へと戻ってきた。

 震える手でコップを受け取った千代子は、少し溢しながらもどうにか水を飲み干した。

 肩で息をする千代子の手からコップを取った一反木綿は、そのまま千代子が落ち着くまで、背中をなで続ける。

 

 「もんめちゃん、私、私、結婚なんてしたくない。ずっとずっと、もんめちゃんと、もんめちゃんと……」

 

 要領を得ない言葉だが、それだけで一反木綿にも十分伝わったらしい。

 しばらく千代子の背を撫でていた一反木綿は、スッと立ち上がると、一度部屋を出ていってしまった。

 不安に駆られた千代子が扉に飛び付くと、今出ていったばかりの一反木綿がひょっこりと戻ってきた。

 ほっと安心した千代子は、一反木綿の手元に視線を落とす。

 一反木綿の手には、何故だが父のハットとコートがかけられていた。

 一反木綿は被ったままだったベレー帽を、一度大切そうに撫でると、そっと千代子の頭にのせる。

 そして自分の頭には父のハットを乗せ、コートをふわりとまとった。

 

 「もんめ、ちゃん?」

 

 混乱する千代子の手を取った一反木綿は、その手に何かを乗せる。

 千代子の手には、押し花にされたシロツメ草の指環がころんと揺れていた。

 

 『チヨチャン スキダヨ ズット イッショ』

 

 幻聴かも知れない、何処から聞こえたか分からない言葉に、千代子の顔は綻んだ。

みつい様の一反木綿企画の作品です。

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