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「もう大丈夫だよ。目を開けて。」


 意外なことに、着地にはほとんど音も、衝撃もなかった。

 こわごわと目を開けると、乾いた固い大地の上に、私たちは立っていた。


「少し歩くよ。疲れてない?」


「大丈夫です。」


 反射的に答えてから、あれと思った。

 本当に、()()()()()()()()()()()

 あの痛みが、重さが、消えている。むしろ、ずっと飛んでいた上に高いところから落ちたので、まだ体が浮いているような気がするくらいだ。

 呆然としていると、オブシディアンは心配そうに顔を覗き込んできた。


「本当かな。ケーシャはすぐ格好つけるから。水飲む?」


 そうか。もう石ではなくなったから、水も飲まなければならないし、食事もしなければならないのだろう。

 一体何を食べればいいのかは、よくわからないが。


「それじゃ、いただきます。」


 オブシディアンは、私を地面に下ろすと、腰紐に吊るしてあった皮の水筒をとり、蓋にほんの少し水を注いでくれた。

 体の感覚が、まだうまくつかめない。

 少し口をつけるだけのつもりが、思い切り頭から水に突っ込んでしまった。


「す、すみません、貴重な水を……、」


「いいんだよ。」


 時間をかけて不器用に水を飲んだ私をオブシディアンは持ち上げると、体に巻き直した白い布の肩口に器用に結び目を作り、そこに乗せてくれた。


「歩きながら話すよ。」


 靴を履くと、オブシディアンは立ち上がり、岩壁に手を当てた。頬を寄せ、目を閉じてじっと耳を澄ます。


「こっちだね。」


 小さく呟き、片手を岩肌に当てたまま、オブシディアンは静かに歩き出した。


「ここはどこですか?」


 小さな声で、聞いてみる。


「遺跡だよ。昔のね。

 ——結論から言うと、ケーシャに頼みたいのは、この遺跡の中で、僕と物探しをしてほしいってことなんだ。」


「ものさがし? 何を?」


「色々さ。」


 岩肌を辿っていたオブシディアンの手が止まる。その指先を包むのは、深い、闇だ。

 双つの岩の片方に入った、深く、巨大な(ひび)の前に、私たちは立っていた。

 幅は、4、5メートルくらいだろうか。見上げると、随分高くまで亀裂は続いているように見える。少なくとも、切り立った崖の半ばほどまでだ。


「これは——、」


「通路だ。多分ね。」


「多分?」


「仕方ないでしょ。僕もここを通るのは初めてなんだから。

 でも、そんな不安な顔しなくてもいいよ。ちゃんと道の探し方は教わってるから。」


「本当に?」


「もちろん。」


 オブシディアンの微笑みが影に沈む。ためらいもせず、暗闇の中へと足を踏み入れるオブシディアンに、私は焦って叫んだ。


「ちょっと、本当にいいの!?」


 叫び声が、亀裂の中で反響した。


 本当にいいの、本当にいいの、本当にいいの。


「静かにして。響くじゃないか。」


「……ごめんなさい。」


 しばらく、オブシディアンの靴が乾いた地面を踏む、規則正しい音ばかりが響いた。

 少し迷ったあと、口を開く。


「怖くないんですか? こんな暗くて狭いところへ入っていくなんて?」


 ささやくように訊ねると、オブシディアンはこちらを見もせずに答えた。


「怖くないよ。聞いてた通りの道だ。」


「出られなくなったらどうするとか、考えないんですか?」


「——出られなくなったら、困る?」


「そりゃ、そうじゃないですか。地面に埋まったら、息ができなくなって死んじゃうかもしれないし。」


 急にぐらぐらと小刻みな揺れがきて、はっとした。

 地震——いや、違う。

 オブシディアンが笑っていて、それで彼の肩が揺れているだけだ。


「ケーシャは、死ぬのが怖い? もう死は経験したんでしょ。」


 確かに、言われてみればそうなのだが。


「やっぱり、怖いような。

 いや、死ぬことっていうよりは、痛い思いとか、苦しい思いをするのが怖いのかもしれないですけど。

 死ぬ時って、大体痛くて苦しいような気がするから。」


「なるほど。

 確かに、痛みも、苦しみも、怖いね。

 その通りだ。」


 オブシディアンは、頷いた。


「——まあ、ここは、死の世界だから。もう死なないよ、普通ならね。

 もちろん、死なないからって、痛いことも苦しいことも、ないわけじゃないけど。」


「それじゃ、地震でも起きて土砂に埋まったら、やっぱり痛くて苦しいってことじゃないですか? しかも死ねないんですよね?」


 もっと状況が良くない気がしてそう質問すると、オブシディアンは今度こそ声を上げて笑った。

 笑い声が、四方八方に跳ね返って降り注ぐ。


「ここでは地震なんか起こらないよ。それに、これくらいの土砂になら、埋まったってすぐ出られるさ。」


「それならいいんですけど。」


 私は少しむっとして黙り込んだが、すぐにもっと話すべきことがあったのを思い出した。


「そういえば、探し物のことですけど。

 結局、なにを探しているんですか?

 色々、だけじゃわからないんですけど。」


「なんだかんだ、探してくれる気はあるんだね。

 やっぱりケーシャは優しいな。」


 オブシディアンは笑った。


「話すと長くなるんだけど。


 実は、どうも、僕の魂は、そう長くはもたずに消滅するみたいなんだ。

 それでね。

 このあたりのどこかに、それを遅らせるためのなにかが、まだ残ってるんじゃないかと思うんだ。


 ——あっ、誤解しないでほしいんだけど、見つからなかったら、それはそれで構わない。

 その場合は、ちょっとした心残りを片付けておきたいなって思ってる。


 どちらも、ケーシャの魂が、手がかりになるんだ。

 あなたにしかない、あなたと不可分のあなたの魂が必要なんだよ。

 つまり、僕があなたに望むのは、あなたが僕と一緒に来て、僕と同じものを見てくれることなんだ。


 どう? ケーシャ。それならお願いできるかな?」




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