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目覚めると、私は石だった。
冗談でも、比喩でもない。
どうしてこうなったのか全く不明だが——、私は、まぎれもなく、れっきとした?石に、変身していた。
奇怪な毒虫などでなかっただけましだと思うべきかもしれないが、なんの前触れもなく、勝手に姿を変えられてしまうというのは、それ以前の問題だと思う。
さらに悪いことに、私の石的な感覚では、もうそれなりの時間——少なくとも、目覚めてから半日以上——が経っていると思うのだが、事後説明すらまだない。
しかし、私自身も意外だったのが、石であるというのは、決して悪いものではなかった。
普通にしていると、視界は暗くて何も見えないのだが、ちょっと背伸びするような感覚で力を入れると、自分自身であるところの石の周りを、ぐるりと視点をめぐらせて見ることができる。
まるで、幽体離脱するような具合だ。
不思議なことに、音や匂い、触覚は、特に力を入れなくても感じることができる。
味覚だけはまだないのだが、もしかしたらコツさえ掴めば感じられるようになるのかもしれない。
そうやって、あれこれ試行錯誤した結果、今の私は、やや緑がかった石だと分かった。大ぶりだが、岩とは言えない程度の大きさだ。
場所はどうやら、浅い池か、川の底のようだ。
白っぽく濁ったあたたかな水の中、光が降り注ぎ、水底の細かな砂を静かに輝かせている。
少し離れた場所に、私とよく似た石がいくつか転がっているが、あまり遠くまでは見えない。
水の流れはほとんど感じられないが、近くの砂が時折ふわりと舞い上がり、ゆるやかに流されていくのが見える。
そんなふうに、時折まわりの様子を眺めながらじっとしているのは、なかなか悪くない気分だった。
それに、体が硬く、重いせいだろうか。
やはりうっすらと疲れは残っているが、前よりはつらくない。
不思議と、心も静かで、どっしりと落ち着いている気がする。
おまけに、なんということだろう、今の私には、何もすべきことがないのだ!
なにしろ石なので、食べたり着替えたり、寝たりすら、もう必要ない。
石はただ、そこにあるだけでいいのだ。
えっ——、もしかしてこれは、最高なのでは?
晴天の霹靂に打たれたように、私は身を震わせた——石なので、実際は微動だにしなかったが。
そうだ、よくよく振り返ってみれば、本当に何もしなくていい時なんて、今までなかったのだと気づく。
人間であったときは、たまの休みでさえ、私は必要に迫られて絶え間なく色々なことをしていた。
かなり適当ではあるが、三度の食事の用意(作っていたとは言わない)、最低限の掃除、洗濯。必要な(ときどきは不必要な)買い物に、ごみ出し。家賃や光熱費の支払いに、税金の手続き。ひどい時には、大して会いたくない人と会ったりまでしていた。
おっといけない。嫌なことを思い出してしまいそうだ。さっと記憶にふたをする。
ともかく今、私はそれらの全てから、解放されているのだ!
何もしなくていい。つまり、何でもしていいのだ。
何をしよう。
しばし、放心する。
心のおもむくままに、近くの砂粒のひとつひとつを眺める。
透明な粒もあり、真っ黒な粒もある。はっとするほど鮮やかな緑の粒もあり、渋い鬱金色の粒もある。
光と水の中で、それらが静かに輝くのは、見飽きない美しさだった。
水の上では、風が吹くのだろうか。不規則にさざなみだつ水面は、光を虹色の糸のように揺らめかせ、気まぐれに水底を撫でては眩くきらめかせた。
思いがけず放り込まれた、不思議な石の世界を、私は思いのまま堪能した。
◇◇◇
そして、私は、石として幾度かの昼と夜を繰り返した。
雲のような蜘蛛も、白い手も、あれから一度も現れなかった。
だが、時間がたって少し落ち着いてくると、それはそんなものなのかもしれないな、という気もしてきた。
考えてみれば、人間として生まれたときだって、特になんの断りも、説明もなかった。
今も、それと同じなのかもしれない。
この水辺のある場所は、元いた世界と同じように、一定の周期で太陽が昇り、そして沈むようだった。
晴れているときには、水面ごしに、太陽らしき輝点が動くのが見える。
天気の変化もあった。
晴れの日が多いが、昨日は明け方にちょっとした雨が降った。
夜明けの薄青い水の面を、ぱた、ぱた、と震わせたかと思うと、あっと思う間に、ざらざらざらざらと小石でもぶちまけたようなすごい音がして、水面が真っ白に泡立った。
すぐに激しい雨はおさまり、いつもの静けさが戻ったのだが、久しぶりにどきどきさせられた出来事だった。
近くには、数は少ないが動物もいるようだった。
夜が更けると、近くで鳥のようなものの鳴き声が聞こえる。遠くまで朗々と響きわたる、どこかもの寂しい声だ。
もしかすると、この近くには、森か林があるのかもしれない。
石の体は、あまり眠りを必要とはしないようで、私は自由な時間を持て余していた。
もちろん、日なたでのうたた寝は、最高のぜいたくなのでやめられない。
だが、それ以外の時間、私はあちこち辺りを見回したり、耳を澄ましたりしては、水の上の世界のことをあれこれ想像した。
一番最近の私の想像では、ここは、怪談に出てくるような、人里離れた山の中に、ひそかに存在する池である。
周りは鬱蒼とした木々に囲まれており、外界の人間を寄せ付けない。
そこに棲む生き物たちも、とても静かで用心深いので、仲間以外にはめったに気配を悟らせない。
山を統べる怪鳥の声ばかりが、夜な夜な響きわたる——といった具合だ。
自分で言いながら笑ってしまうような、でたらめな想像だが、一応少しばかりは事実に基づいている。
まず、人や野生の動物などが近くまでやってきたら、水の中からでもわかるのではないかと思うのだが、気配を感じたことが全くないのだ。
それに、水の中には、魚やカエルのような小動物すら滅多に見かけない。
一度だけ、視界ぎりぎりの遠くを泳ぐ小さな影を見た気がするが、ここ数日で一匹だけと言うのは、さすがに少なすぎる。
気候は温暖だし、決して生物が住めないような汚染された環境でもないのに、これは、少し変だ。
いきおい、発想が怪談じみたものになってしまったのだった。
ともあれ、私の想像に対する答えは、思ったよりも早くもたらされた。
そして同時に、私の短いスローライフにも、終わりがやってきたのだった。