【復讐編5】追憶2 全ての親が良い親とは限らないけど、やはり自分より子供優先になるものだと思う
今回も暗く重い内容です。
苦手な方は飛ばしてお読みください。
椿は親戚に預けられていたが、納得はしていなかった。
「今日はお母さんと『練習』する日なのに…」
早く道場に行かないといけないのに、おじさんとおばさんが邪魔をする。
そうだ、みんな寝てから行けばいいや!
遅くなるけどお母さんは待っていてくれるかな?
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彩乃はギョッとした。
せめて椿だけはこの地獄から遠ざけておきたかった。
それなのに、『いないハズ』の椿がいる。
それは彩乃にとって絶望的な状況であった。
しかし…
「(娘の前で諦めるわけには行かない…)」
彩乃は目を閉じて、静かに、しかし深く息を吸い込んだ。
「(3秒吸って、7秒吐く…)」
ゆっくりと、取り込んだ息を吐き出す。
代々伝わる呼吸法。
集中力と冷静さが戻ってくる。
目を見開き、刀を静かに振り落とし、正眼の構えを取る。
『凛』
その言葉が浮かぶかのような佇まい。
そこには絶望など感じられなかった。
構わず飛びかかってくる亡者の1体に静かに刃を振り下ろす。
今までは全く通らなかった刃が、豆腐でも切るかのように亡者を真っ二つにした。
「(斬れない筈がない)」
次に飛びかかってくる亡者を今度は横薙ぎに一閃する。
落ち着きを取り戻した彩乃に、今度は亡者共がなす術が無くなった。
彩乃の刃が月明かりを反射し輝く。
今度は2体同時に飛び込んできた亡者を一瞬でバラバラにした。
「(やっぱりお母さんは強い!!)」
子供が見るには相当に厳しい光景だが、椿には母の動きが美しき舞にすら思えた。
彩乃自身にも今までの自分とは違う自覚があった。
ここまでの実力を身につけたのはたゆまぬ努力の賜物であり、言い方を変えると『無理矢理強くなった』といえる。
代々続く教えには『斬れないものはない』と信じることの重要性が説かれていた。
彩乃は単に心構えとして、自分の剣を信じられない者に向上はないと言う意味だと思っていた。
もちろん、それもあるのだろう。
だが、追い詰められたこの状況で尚、諦めずに自分の剣に賭けたことで、真の意味で『自分の剣を信じる』ことができた。
そして、『何でも斬ることが出来る』というイメージは、実際にどんなものでも斬ることが出来る力を実現した。
これこそが彩乃の血筋に代々伝わる、『努力では到達できない力』である。
しかし、代々伝わるとは言っても一族の誰もが使えたわけでもなく、才能に気付かずに一生を終える者も少なくはなかった。
彩乃自身も、今の今まで知らなかった力。
だが、一度気付くと『斬れない気がしない!!』
機械的に飛びかかるだけの亡者に、今の彩乃が負けるはずもなかった。
段々と残数が少なくなる亡者の群れに、油断は出来ないものの勝ちを確信した。
そのまま苦戦もなく、次々と亡者を減らし、ついには最後に残った亡者を斬り伏せた。
「(なんとかなった…)」
娘がきた時はどうなることかと思ったが、娘がきてくれたお陰で自分を見つめ直し、新たな力に目覚めることができた。
長い夜が終わりそうだ。
娘を叱って、その後思いっきり抱き締めてあげよう。
刀を鞘に収め、ふぅ…と吐息を漏らしたその時だった。
刀を収めた右手に漆黒の槍が突き刺さる。
「なっ…」
刀を再び抜こうとするものの、手首に突き刺さった槍がそれが不可能であることを告げる。
続けて左足のふくらはぎに槍が刺さる。
「…ッ!!」
激痛に声なき声で耐える。
漸く槍の飛んできた方向へ振り返ると、そこには生気のない顔をした近藤がいた。
「やっと油断してくれたねぇ…」
近藤が右手をかざすと、複数の刀や槍が具現化され発射される。
なんとか身をよじってかわすものの、今度は脇腹を掠める。
「(起き上がるのが辛い…)」
震える左手で鞘ごと刀を帯から取り出す。
刀をそのまま杖にして辛うじて立ちあがる。
どういった原理なのか、右手とふくらはぎに刺さった槍はどろどろと気持ち悪く溶けて霧散していった。
「そんなフラフラで何ができる!!」
近藤の指先が触手のように伸び、彩乃に襲いかかる。
五指が五指とも、あらゆる方向から彩乃を襲い、椿は思わず目を瞑ってしまった。
シュン…
一瞬、暗闇に三日月が現れた。
直後に5本の触手が根元を失い地面へと落ちる。
「斬れる…」
重みだけで鞘を支えた縦方向の居合い斬り。
「やるねぇ、さすが俺が惚れた女だ」
ペロリ…舌をなめずりながら近藤は言う。
「惚れた女にすることがこれかい…」
悪態をつくものの額から流れ落ちる脂汗が余裕がないことを証明している。
「(苦しい…)」
ふくらはぎに空いた穴から血が吹き出る。
「(苦しいけど…)」
穴の空いた足の筋肉に力が込められていく。
「走っ……れる…っ!!!!」
少し語弊があるとしたら、それは『走る』と言うよりも『跳ぶ』であった。
左足はこの一歩で筋繊維がちぎれ、折れかけていた骨が完全に折れた。
だが、最後のひと踏みに込められた想いが彩乃を近藤の目前まで運んだ。
ギロッ…
今にも尽き果てそうなはずの彩乃の眼光に近藤は一瞬怯む。
「ひっ…」
恐怖に近藤の顔がひきつるのを見て、彩乃が告げる。
「ビンタの代わりだ…」
肩に背負うように持っていた刀で思いっきり近藤の左肩を斬りつけた。
「ぐぉぉぉ!!」
肩ごと左腕を失った近藤はそのまま勢いで吹っ飛ばされる。
斬りつけた彩乃も勢いで前に倒れこむ。
咄嗟に体を支えようと左足を前に踏み出すが、既に足が折れてしまっていたため、地面に倒れこんでしまった。
「(まだ走れる…!走れる!走れる!!)」
自分にそう言い聞かせたが、目に写る自分の折れた足がもう走れないことを自分自身に悟らせる。
近藤はしばらく恐怖にひきつっていたが、もう立ち上がることが出来ない彩乃を見て安堵した。
フラフラと立ち上がると、彩乃の方へ歩いてくる。
右手の指の触手を再び伸ばし、鞭のように彩乃の顔面に叩きつけた。
彩乃が地面へ倒れこみ、持っていた刀が手から離れた。
近藤の追撃は止まない。
「勝手に!あんな奴と結婚しやがって!!」
再度、腕を振り上げ叩きつける。
バシンッ!
「…」
吹っ飛ばされた彩乃にはもう喋る気力がなかった。
「(椿だけでも…早く逃げて…)」
ただ心にそう願うが身体は動かない。
「ガキまで産んで!!俺のモノになっていれば、こんなことにならなかったんだ!」
醜い憎悪を躊躇なくぶつける。
何度も何度も鞭のように伸びた腕を叩きつける。
…何度叩きつけたのか分からないほどの時間が過ぎた頃。
完全に動かなくなった彩乃に、腕を振り上げた近藤の手首より先がポロッと落ちる。
「…あ?」
刀はもう握っていない。彩乃も動かない。
「何しやがったァ!!」
右足で蹴りつけると今度は太ももから先が斬れて落ちた。
「ひっ…」
理解できない現象に近藤は再び恐怖するが、彩乃は全く動かない。
スッ…
いつの間にか近藤の背後に女が立っていた。
「もう死んでるわよ」
女が淡々と言い放つ。
「…帰ったんじゃなかったのかい?」
「あんたみたいなゴミ男でも、一応貴重なコマだからね」
女が手をかざすと、近藤の斬られた手足が青白く光って再生した。
「これで遺体のサイボーグか。」
不満そうに近藤が呟くが女はそれを無視する。
「…」
女が彩乃の方へ手を伸ばすと、僅かに指先が切れて血が流れる。
「なるほどね…」
今度は小窓へと視線を向けると、恐怖と絶望に染まった椿が声も出せずにただ震えている。
「あなた、綺麗な魂になりそうね」
スッ、と小窓に近づこうとすると再び、今度は頬に切れ目ができる。
「どうやら、お母さんが許してくれないみたいね」
女は、ヤレヤレと言った雰囲気を出すと、
「そうね…18歳になる日に迎えにきてあげるわ。」
と、近藤の襟首を引っ張って道場の入り口へと歩いて行った。
「それまでに魂を綺麗に磨いておいてね」
そう言い残して女と近藤は闇に消えていった。
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